白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 薄闇がわずかに揺れ、ごとん、と何か重いものが動いたような音がする。それからダヴィッドが手を右側にスライドさせれば、行き止まりだったはずの空間に石段が現れた。

 途端に視界の明るさが増す。

 見上げればカンテラの灯りよりも強い光が差し込んでいた。

「あともう少しだから、頑張って」

 カンテラを再び自らが持ち、ダヴィッドが先に石段を上がった。

 いちばん上まで行くと踊り場のような空間に出た。何も入っていない大きな飾り棚の左半分が、回転扉の要領で地下通路にはみ出している。ロゼリエッタの腰の高さ辺りには、勝手に開くことのないように閂の役割を果たす金属の板が取りつけられていた。


 光は棚の向こうから漏れている。ダヴィッドが役割を終えたカンテラを消してもなお、周囲は明るかった。


 そして花の――バラの良い香りがする。

 ロゼリエッタも知っている香りだ。

 途端に鈍く軋む胸に大丈夫と言い聞かせるよう静かな呼吸を繰り返し、ダヴィッドと共に室内に入る。

 普段は倉庫として使われている部屋なのだろう。同じデザインで統一された棚には大中小の箱が整然と収めらている。離宮の隠し部屋よりずっと広いが圧迫感がするのは、窓もない壁一面を棚が覆っているせいだ。

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