白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
「ロゼ。あなたを巻き込まないとする為に、逆にたくさんの悲しい思いをさせてしまった。ごめんね。ロゼ」

「謝罪の、言葉なんて」

 そんなものはいつだって欲しくない。

 するとレミリアは悲しみに満ちた表情のまま、三つ折りの紙を差し出した。

「私からのせめてものお詫びに、これを」

「これ、は……」

 ほっそりとした指が開いた内容に一瞬呼吸を忘れる。


 婚約解消に関する同意書だ。

 それがどうして、ここに。

「マーガス殿下を通してクロードにも言ってあるわ。全てを、ロゼの気持ちに委ねるって。破り捨てるなり、再び提出するなり、あなたの好きなようにしたらいい」

 でも違う。

 こんな紙にもう意味なんてない。

 ロゼリエッタはかぶりを振った。

「クロード様の心が、自分に向けられてはいないのに婚約関係を続けていたって……、みじめな思いを、抱くだけです」

 書類にサインをした時点でクロードの心は決まっていた。

 それをなかったことになんて、できない。

「あなたを馬鹿にするつもりなどなかったの。でも――そうね。私たちはいつだって、いちばん大切にしなければいけないあなたの気持ちを、いちばん踏みにじってしまっているのね」

 レミリアは力なく笑って項垂(うなだ)れた。


 その姿に、ダヴィッドの言葉をふと思い出す。

 相手の為を想って何も言わずに行動することは、相手の為になることばかりじゃない。

 話し合わなければいけないのだ。

 自分の本当の言葉で、伝えなくてはいけないのだ。


 書類をレミリアに返し、ロゼリエッタはゆっくりと口を開く。

「一つ、だけ……レミリア殿下に、私からお願いがあります」



 その夜、五日後にクロードが貴族裁判にかけられるとの報告が入った。

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