白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

自室のベッドに顔を伏せ、声を殺して泣き続けるうちに疲れて眠ってしまったらしい。
過去にあった温かくて優しい、そして何よりも幸せな記憶の欠片だ。クロードと初めて会った日、あの後は眠ろうとする度に何故だか胸がいっぱいになって全然眠れなかった。それが今は、あの思い出こそが傷ついたロゼリエッタの心を穏やかに包み込み、眠りに誘っていたようだ。
「お嬢様。レオニール様が、目覚めたらお話がしたいと」
ずっと黙ってついていてくれたのだろう。アイリが水の入ったグラスを差し出しながら気遣わしげに告げる。泣き腫らしてじんわりと痛む目を左手で隠し、ロゼリエッタは小さくかぶりを振った。
「今は、お兄様にも会いたくないわ」
ぽつりと本心をこぼせば重い沈黙が辺りに落ちた。
婚約解消を言い渡されたことはレオニールの耳にも入ったのだろう。そして心配してくれているのは分かる。でもどんな顔をして会えばいいのかは分からなかった。
「アイリも一人にして」
「ですが……」
「大丈夫よ。早まった真似はしないと約束するから」
俯き気味の顔を上げ、差し出されたままのグラスを受け取る。精一杯の笑みを浮かべれば、アイリは逆に泣きそうな顔になった。
全てを失ったわけじゃない。
だけど、全てを失ったにも等しかった。
周りの人々も、それが分かっているから心配している。そして、万が一の事態を恐れているのだろう。
ほのかに甘い果実水を少し口にし、グラスを返す。
一人になりたいという意思表示も兼ねた行動をアイリは察してくれた。諦めたように口を開く。
「何かあればすぐにお呼び下さい」
「ええ。ありがとうアイリ」
アイリが一礼して部屋を出ると、ロゼリエッタは再びベッドに顔を伏せて泣きじゃくった。