きみは溶けて、ここにいて【完】
「保志さんに、ひとつ頼みたいことがあるんだ」
人気者の彼が私なんかに何を。森田君は笑っている。だけど、その瞳は真剣そのもので、目を逸らすに逸らせない。
「突然で申し訳ないし、もしかしたら、保志さんは信じてくれないかもしれないけど、信じてほしい」
「なに、を」
前置きが、夕暮れの風にさらわれていく。その中で、森田君の唇がゆっくりと動いた。
―――「もう一人の俺と、仲良くなってほしいんだ」
最初、彼が何を言っているのか分からなかった。数秒、ただ、ぱちぱちと瞬きを繰り返すだけで、返事をできずにいた。
信じてくれないかも? もう一人の俺? 仲良く? 黄昏時に、まやかされてでもいるのだろうか。思わず、頬をつねると、ちゃんと痛い。
「保志さん、さすがに夢にはしないでよ」
森田君が私の目の前で、困ったように目を細めて笑っている。もはや、私は緊張さえすることができなくなっていた。理解できないことに押しつぶされて、逆に冷静さをとり戻せたのかもしれない。