Don't let me go, Prince!



「それでも弥生さんは、ここまで走って来てくれたのでしょう?それに……」

 私はバックからハンカチを取り出して、弥生さんの額の汗を拭いてあげる。弥生さんは私が拭き終わるまで、ただジッと立っていてくれた。

「小さな子供を放っておけない弥生さんの優しさは、私はとても素敵だと思うの。」

 自分が素直に感じたことを言葉にする。少し照れ臭いセリフだけれど、弥生さんみたいな男性にははっきり伝えた方がいいと思った。
 何か反応してくれるかと思ったけれど、弥生さんは何も返事をしようとしない。ただ、黙って私を見つめている。

「あの……弥生さん?」

 電話の時も思ったけれど、この人は何か考え出すと無言になってしまうのかしら?それとも何か自分が気に障る事を言ってしまったのかと、不安になる。

「渚さん。もしかして、貴女だったら……」

「私だったら?」

 私の事をジッと見たまま、弥生さんは何かを言いかける。弥生さんは私に何かを期待している?

「……いえ、何でもありません。予約の時間もありますし、行きましょうか。」

 弥生さんが言いかけた言葉……私は続きが知りたかったのに、彼は何事もなかったかのように時計で時間を確認した後歩き出してしまった。

 私が弥生さんの隣を歩いていても、彼はこっちを見ようとはしない。駅の駐車場まで歩くと、弥生さんは一台の黒い車に近寄り助手席のドアを開けた。

「どうぞ、渚さん。」

 私はお礼を言って車に乗り込む。弥生さんらしいすっきりとした内装の車は、彼の香りがして……少しだけ胸がときめいた。


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