Don't let me go, Prince!



「本当に?弥生さんは父親からそんな扱いを受けたのに、少しも傷ついていないと言えるの?」

 私の問いは彼を傷つけるためのものではない。出来るのならば私が彼の弱音を吐ける場所になりたかったの。私にはどうしても彼が父親の事で傷付いてないと自分に言い聞かせてるように感じたから。

「渚、私はあの父と一緒に暮らしていた記憶は無いんです。ずっとこの小さな箱の中と学校を往復するだけの学生時代を過ごしました。そこに居てくれたことすら無い相手に、何かを求めようとは私は思いません。」

 弥生さんの言葉で逆に彼が父親の存在を求めていた事が分かる。どんな父親でも傍にいて欲しいと思った時期があったのでしょうね……

 私は弥生さんの言葉の奥の本音に気付いたけれど、あえて言葉にはしなかった。きっと弥生さんは誰にも触れて欲しくない事を私に話してくれているのだろうから。

「でも、全く知らなかったわ。そんな話は周りで噂になるはずでしょう?私が屋敷に住んでいる間、そんな話を聞いたことは一度も……あら?」

 そう言えば私は近所の人ともほとんど話をしたことが無い。私が周りの人と話し始めると必ず家政婦さんが来て代わりに話し始めて_____?

「すみません、渚。私が家政婦に頼んで渚が近所の人と話さないようにしてもらっていました。こんな事を知れば渚はきっと私の傍から逃げてしまうと思って……結局、知られなくても逃げられてしまった訳ですが。」

 そんな事をしてまで隠そうとせず、正直に私に話してくれて良かったのに。私はまだまだ弥生さんに信頼されていなかったのね。

「確かに私は逃げたけれど、それはお互いの心の問題だわ。弥生さんの出生や子供時代がどうなのかなんて理由で、貴方から逃たりなんて私はしない!」

 私は弥生さんの手首を強く掴んでから、彼の目をしっかりと見つめる。今まで私も弥生さんもお互いに相手から目を逸らしてきたのかもしれない。でも今、間違いなく私たちは一歩ずつ歩み寄れているはず。


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