身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
「椿」

まだ少し戸惑った顔の仁が、扉を掴んでじっと椿を見つめている。

籠城に失敗した椿は、仁から逃げるように一歩、二歩と後ずさる。

その時、ピンポンと部屋のチャイムが鳴らされた。スタッフがドリンクとスイーツを持ってきたのだろう。

仁は「リビングに置いておいてくれ!」と声を張り上げると、寝室に足を踏み入れ、自ら扉を閉め鍵をかけた。

リビングからワゴンを引く音が聞こえてくる。次いでカチャカチャと食器が重なり合う音。そんな中、じりじりと後ずさる椿。

「椿。逃げるな。話を聞け」

仁は苦い顔をしたまま、じわじわと距離を詰めてくる。

すでに逃げ場を失った椿は、寝室の端に背中を張り付けて硬直した。

なにかせねばと思い、咄嗟にチェアの上にあったクッションを掴んで投げつける。

「来ないでください! これ以上話すことなんてありません!」

大人げないことをしている自覚はある。だが、とにかく放っておいてほしかった。

仁が口にする甘い言葉はすべて上っ面だけのお世辞であると知ってしまった以上、もうなにも聞きたくない。

仁は顔の前でクッションを受け止め、苦笑いを浮かべる。

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