腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
「そうですよ!」
キーっと和服の袖を噛んで、左右七さんが怒涛のように喋り出した。
「それまで旦那や若旦那に受けた恩も忘れて、沈没しかかった船と一緒に溺れたんじゃたまらないとばかりに、御苑屋を出て行く弟子たちがいたんです〜」
「そんな……」
「本当です!」
その時のことを思い出したのか、きっと顔を上げる。
「坊っちゃんも、自分では左右十郎のようにこれまでと同じ稽古はしてやれない。希望があるなら他の行き先を探して口をきいてやるって……私、悔しくて悔しくて」
「左右七さんは、残ってくれたんですね」
「当たり前ですううううぅ」
おいおいと左右七さんが畳に突っ伏して泣き崩れた。
「坊っちゃん、どうしてそんなこと言うのって。坊っちゃんなら立派な左右十郎になります。その日までずっとお供します。大抵の弟子はそう思ってますよ!」
左右之助さんにとって、おじいさんを失うということ以上に、左右十郎を失うことの意味の大きさが改めて見えてくる。
一部の弟子たちが離反し弱体化することが分かっている御苑屋に、それでもついて来る弟子たちを目の当たりにした左右之助さんの心境を思うと、これまでとは彼の姿が大きく違って見える。
「だったら、できる限りのことをしてみるって。弟子たちのためにも、ご贔屓さんのためにも、御苑屋をこのまま弱るに任せてはならないからって。それからはあちこち奔走して、柏屋との渡りをつけて、私たちのために、坊っちゃん〜……!」
この人たちの人生を、左右之助さんは背負ってるんだ。
──
『僕には時間がなかった』
『結果的に、じゃダメで。確実にことを運ぶには、もう、これしか』
──
「そういう意味だったんだ」
「え?」
「いえ、なんでも」
思わず漏れた呟きに、左右七さんが顔を上げる。
「大丈夫ですよ!」
私は安心させるように、左右七さんの肩に手を置いた。
「御苑屋と柏屋は手を組んだんです。左右之助さんは、一番の難局をちゃんと乗り越えたじゃありませんか!」
「奥様……」
「ここからは少し休んで、お身体直してもらって……本分の芸に磨きをかけてもらって、御苑屋も安泰です!!」
「奥様〜!」
左右七さんが今度は感激したように涙を流す。
「本当に……いい方に来ていただいてよかったです。あ、でも」
「なんですか?」
安心したように笑っていた左右七さんが、すぐに何かに気づいたように顔を上げる。
「ご静養していただきたいのは山々ですけど、南座興行のお稽古がすぐに……」
「始まるんですか?」
「ええ、初顔合わせは明日です」
「明日!?」
びっくりして立ち上がると、隣の部屋からガタッと物音が聞こえてきた。
キーっと和服の袖を噛んで、左右七さんが怒涛のように喋り出した。
「それまで旦那や若旦那に受けた恩も忘れて、沈没しかかった船と一緒に溺れたんじゃたまらないとばかりに、御苑屋を出て行く弟子たちがいたんです〜」
「そんな……」
「本当です!」
その時のことを思い出したのか、きっと顔を上げる。
「坊っちゃんも、自分では左右十郎のようにこれまでと同じ稽古はしてやれない。希望があるなら他の行き先を探して口をきいてやるって……私、悔しくて悔しくて」
「左右七さんは、残ってくれたんですね」
「当たり前ですううううぅ」
おいおいと左右七さんが畳に突っ伏して泣き崩れた。
「坊っちゃん、どうしてそんなこと言うのって。坊っちゃんなら立派な左右十郎になります。その日までずっとお供します。大抵の弟子はそう思ってますよ!」
左右之助さんにとって、おじいさんを失うということ以上に、左右十郎を失うことの意味の大きさが改めて見えてくる。
一部の弟子たちが離反し弱体化することが分かっている御苑屋に、それでもついて来る弟子たちを目の当たりにした左右之助さんの心境を思うと、これまでとは彼の姿が大きく違って見える。
「だったら、できる限りのことをしてみるって。弟子たちのためにも、ご贔屓さんのためにも、御苑屋をこのまま弱るに任せてはならないからって。それからはあちこち奔走して、柏屋との渡りをつけて、私たちのために、坊っちゃん〜……!」
この人たちの人生を、左右之助さんは背負ってるんだ。
──
『僕には時間がなかった』
『結果的に、じゃダメで。確実にことを運ぶには、もう、これしか』
──
「そういう意味だったんだ」
「え?」
「いえ、なんでも」
思わず漏れた呟きに、左右七さんが顔を上げる。
「大丈夫ですよ!」
私は安心させるように、左右七さんの肩に手を置いた。
「御苑屋と柏屋は手を組んだんです。左右之助さんは、一番の難局をちゃんと乗り越えたじゃありませんか!」
「奥様……」
「ここからは少し休んで、お身体直してもらって……本分の芸に磨きをかけてもらって、御苑屋も安泰です!!」
「奥様〜!」
左右七さんが今度は感激したように涙を流す。
「本当に……いい方に来ていただいてよかったです。あ、でも」
「なんですか?」
安心したように笑っていた左右七さんが、すぐに何かに気づいたように顔を上げる。
「ご静養していただきたいのは山々ですけど、南座興行のお稽古がすぐに……」
「始まるんですか?」
「ええ、初顔合わせは明日です」
「明日!?」
びっくりして立ち上がると、隣の部屋からガタッと物音が聞こえてきた。