腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
「七さん……どこ」
すぐに廊下に出ると、壁に手をついて左右之助さんが部屋から出てきたところだった。
「ここにおります、坊っちゃん!」
「ちょっと、寝てなくちゃダメですよ!」
二人で駆け寄ると、左右之助さんは私たちを制するように力なく首を横に振る。
点滴のおかげかさっきよりはマシだけど、足元がフラフラしていて顔にはまだ血の気がない。

「悪いけど、お稽古部屋にある番組と台本、持ってきて……」
「は?」
私以上に左右七さんが目を剥いた。
「なにを言ってるんですか!」
「明日……鴛桜のことだから、こっちを試してくる、はず」
「だからって、ダメですよ。こんなお身体で」
「いいから、持ってきて」
「ダメに決まってるでしょう」
私も慌てて加勢する。
「お医者様が、少なくとも二、三日は寝てなきゃダメだって」
「そんな時間は……ない」
「熱が何度あるのか分かってますか?三十九度超えてるんですよ!」
「平熱、です……」
「貴方、犬か猫ですか?」
「体調が悪くても、舞台に立つ、なんて……普通……」

「バッカじゃないの!?」
子供じみた言い訳に、ついに堪忍袋の尾が切れた。
「そんなフラフラしてるくせに、鴛桜の前でろくな芸なんかできるわけないじゃない!!」
「!?」
「お、奥様……?」
「大体ね、こんな大きな家を背負ってくるのに、人に頼るのが下手すぎるのよ!だから妙なこと考えついたり、そんな身体でお稽古しようなんて非生産的な発想になるわけ。助けてください、しんどいです、辛いですって言えばいいでしょ!?」
いきなりの暴言に、左右之助さんはただ呆然としている。
「鴛桜には私が謝りにいきます!曲がりなりにも娘なんだから。病人は大人しくしてなさい!!……ほら、左右七さん、手を貸して」
「あ、はい……」
言われるがままの左右七さんと両脇から抱えて、寝室に戻してベッドに寝かしつける。

もうそれ以上、抵抗しようとはしなかった。
「少しの間、左右之助さん見ててもらえますか。柏屋に電話してくるので」
「はい、承知しました……」
まだ呆気にとられている左右七さんが私を見送る。
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