冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
「良吾」

 頭を下げたままの阿久津さんに、一矢さんが顔を上げるように促した。

「許してくれて、ありがとう優ちゃん。それから、俺のことは名字じゃなくて名前で呼んで……」

「図々しい。優、こいつはそのまま〝阿久津さん〟と呼べばいいからな」

「なんだよ、一矢。俺にまで牽制するなよ」

 再び砕けた口調でやいやい言い出したふたりの姿にほっとした。

 緊張していた食事の時間は、その和んだ雰囲気のままとても楽しく過ぎていった。

「優ちゃんって、料理上手なんだね。俺、ここに通っちゃいそうだわ」

「来るな」

 一矢さんが怒るとわかっていてわざわざそんな発言を繰り返す阿久津さんに対して、しまいに彼はプロレス技のようなものを本気でかけだした。止めた方がよいのかとも思ったが、普段は物静かな一矢さんがこの状況を心から楽しんでいるのがわかるから、そんな無粋なことはやめておいた。
 阿久津さんには悪いが、むしろ楽しく眺めてしまう。

「優ちゃん」

 阿久津さんが私をそう呼ぶたびに、一矢さんのこめかみがピクリとひくついていると気づいたが、彼は実力行使に出るのを諦めたようだ。

「今日は本当にありがとう」

 それが心からのお礼だと伝わってくるから、頑張って食事を用意した甲斐もあるというものだ。

「俺、一矢がこんな幸せそうにしてるのを初めて見た。これからも、一矢を支えてやってね」

「もちろんです。それに、私の方が一矢さんに支えてもらってばかりです」

 そう返せば、彼は嬉しそうにうんうんと頷いた。

「それから、なにか困ったことがあったら、いつでも俺に頼っていいから。もちろん、一矢と喧嘩したときもだよ」

 茶目っ気たっぷりにそう付け加えた阿久津さんを、一矢さんが追い立てるように玄関へ向けて押していく。微笑ましく見えていたこのふたりの仲の良さは、次第にこちらが嫉妬してしまいそうになるほどだ。

「また、遊びに来てください」

 誰かに〝遊びに来て〟と誘いの言葉を口にするのは初めてだ。いつまでも自分を卑下して引きこもってばかりではだめだと、勇気を出してそう言った私を、一矢さんが優しく見届けてくれた。

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