冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 当初の帰宅予定より三十分ほど過ぎた頃、やっと帰るめどが立ってほっとしていた。

「おかしい……」

 これから帰宅する報告も兼ねて優に電話をかけてみたが、一向に出る気配がない。もしかしたら、料理中で手が離せないのだろうか。それならそれでさっさと帰ればよいと、急いで車に乗り込んだ。

 焦れる気持ちに耐えながら帰宅して、足を踏み入れたその空間に言いようのない違和感を抱いた。いつもならすぐに優が玄関へ駆けてくるはずなのに、今夜はそんな様子がない。

「優、ただいま」

 彼女の部屋からは、気配を感じない。声をかけながらリビングに進み、足を止めた。

「誰だ、お前は」

 テーブルには、どこかの店に配達させただろう料理がごちゃごちゃと並べられていた。豪華だとわかるが、優の作る料理のような素朴な優しさの欠片は感じられない。

 そしてなにより、そこで待っていたのは優とは似ても似つかぬ派手な女だった。

「おかえりなさい、一矢さん」

 すかさず近寄って絡みつこうとする腕を、さっと振り払った。

「優はどうした」

 すぐさま返事が得られないことに、いら立ちと焦りが募っていく。まるで脅すような口調になってしまうが、気遣う余裕はない。そもそもそうする必要性も感じない。

「不法侵入で、警察に連絡するぞ」

「あら。私、優に招かれてここにいるんだけど」

 薄々感じてはいた。派手な化粧と服装に媚びるようなこの態度。見下した雰囲気で気安く優を呼ぶあたり、さっき電話で良吾が話していた女に違いない。

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