冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
「私の父は医者としての腕はたしかですが、経営という面では少々心もとない人で……」

「しっかりした人だと思うが」

 身内を下げるような発言を始めた一矢さんに、父が疑わしげな視線を向け続けている。私も思わず一矢さんを見上げた。

「ですが、慎重な人なんです。ふたりの間で、両家の今後に関して様々なやりとりをされましたね? その上で、父は間違いがあってはいけないからと、念書を作成したはずです」

 本来なら、それなりに見知った仲だった親同士だ。三橋側に、そこまでのものを残す意志はなかったのではないかと、事前に一矢さんは言っていた。現に父は、『親戚になるのだから、堅苦しいのは不要だ』とことあるごとに発言していたのだと言う。後からどうとでもできる隙を残すために、進んでそうしようとしていたのかもしれない。

「あれは、それほど大袈裟なものではないぞ」

 けれど、口約束というほど軽いものではないらしい。一矢さんがヒラリと取り出して見せたその用紙には、きちんと署名と捺印がされている。
 強がっては見せても、そこに記されているのが自身の署名である以上なにかしら不利となる材料なのだろう。父の狼狽える様子が伝わってくる。

「あなたは父との間で、口約束程度に〝緒方家と三橋家の人間との結婚を〟と述べたようですね? そこで父は、結婚相手となる娘の名を口頭で尋ねたそうです。これは同席した弁護士からも証言が取れているので、あなたがいくら否定しても無駄ですよ」

「あ、あれはたしか酒の席で、まだ結婚の話がまとまるかどうかもわからない段階だぞ。あのとき彼はほかに人を連れていたが、それが弁護士だというのか!?」

「父は慎重な人なので」

 そう繰り返す一矢さんの口元は、わずかに口角が上がっている。

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