冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 それ以降も、彼となにかと室内で顔を合わせる機会が増えていった。専業主婦になった私と違って、一矢さんは時間を左右される生活を送っていおり、こちらリズムなど関係がない。たまたまタイミングが合ってしまったのだろう。

 それから、最近の彼は以前よりも帰宅時間が早くなっている気がする。
 病院は季節によって混雑具合を左右されることもあるだろうけど、〝仕事が落ち着く〟という感覚はないように思う。だから、これも偶然なのだろう。

 早めに帰って来られる日が多いのは、体調管理のためにもよいから歓迎すべきだ。できるだけ不快な思いをさせたくないと思う私としては、少々都合が悪いけれど。




「優」

 名前を呼ばれて、ドキリとしてしまった。
 友人に紹介したという話を聞いた日以来、一矢さんは私を〝君〟ではなくて〝優〟と呼ぶようになった。
 友人の前で君だなんて呼ぶわけにもいかないと思ったのだろうか? 慣れない私には、それだけで落ち着かなくなってしまう。

「は、はい」

 洗濯ものをたたんでいたところ、部屋から一矢さんが出てくる音が聞こえていったん自室に戻ろうと立ち上がった。

「そのままでいい。俺は飲み物を取りに来ただ。優もいるかと思って声をかけた」

「あ、ありがとうございます。私の分はいいので……」

 この状況で立ち去るわけにもいかず、彼の言葉に従って作業を続けた。
 てっきりすぐに部屋へ戻るかと思いきや、一矢さんはコーヒーを淹れたカップを手に、ダイニングテーブルにとどまった。
 それがちょうどリビングにいる私の方を見る姿勢になるから、なんとも落ち着かない。

 一秒でも早く片付けてこの場を去りたいと思うのに、見られていると思うと妙に緊張してしまう。どうにも居心地が悪くて、思うように手が動かない。

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