冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 そして迎えた当日。
 私の持っている服では、どれもこれも一矢さんのとなりに立つには不釣り合いなものばかりだ。せめて比較的新しいチュニックを選んだが、そう変わり映えはしない。下はいつものパンツなのだし。
 ないものは仕方がないと割り切って、外出の用意を進めた。


 お昼少し前の時間に一矢さんに連れられて、マンションから少し歩いたところにある小さなケーキ屋さんにやって来た。

「入るよ」

 一矢さんの後について、店内に足を踏み入れた。
 子どものいる家族をイメージしたお店だろうか? 店内のあちらこちらに、かわいらしい動物のぬいぐるみが見え隠れしている。

「いらっしゃいませ」

 笑顔で迎えてくれた店員は、親世代ぐらいの女性だ。彼女は一矢さんの顔を見て、一層笑みを深めた。

「あら、緒方さん。お久しぶりね。今日は瑠璃ちゃんたちに?」

 瑠璃ちゃん? 一体誰のことだろうか。
 一矢さんが言っていた通り、慣れ親しんだお店なのだろう。店員がずいぶんと親しげに話しかけている。

「いえ。ちょっと来客の予定があって」

「そう。あら、そちらは?」

 遅れて背後の私に気がついたのか、一矢さんに尋ねていた。
 おそらく、こういうプライベートな質問ができてしまうほどの知り合いなのだろう。堂々と顔を見せてよかったのだろうか。

「ああ。私の妻の、優です」

 一矢さんに促されて隣に並んで軽く頭を下げると、店員は驚いた顔をした。
 こうして私を妻だと誰かに紹介されるのははじめてだ。ほかに思いを寄せる人がいるというのに、彼には戸惑いはないのだろうか。

「まあまあ。ご結婚なさったのね。それはおめでとう」

 思わず、本心からの言葉だろうかと疑ってしまった。
 だって、瑠璃ちゃんというのは、もしかしたら一矢さんの本命の女性かもしれないと思ってしまったから。この女性は、その関係までは知らないのだろうか。

「ありがとうございます」

 おかしなことに、店員は心からの笑みを向けてくる。
 私の心中などおかまいなく、ふたりの間でやりとりが続いていく。その自分だけがわからない、ちぐはぐなやりとりを呆然と聞いていた。

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