冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
「緒方さん」

 手渡されたメニューを見ていると、店の奥から人のよさそうな顔をした男性が出てきた。彼がさっき一矢さんが話していた店主なのだろう。

「ああ、お久しぶりです」

「お越しくださって、ありがとうざいます。お変わりなさそうで」

「ええ。ああ、ひとつだけ。少し前に、結婚したんです」

 周りから注目されるのは好きじゃない。大抵、よくない感情の視線ばかりだったから。
 この人はどんな反応をするのかと気にしながら、「優と申します」と名乗った。

「そうでしたか! それはおめでとうございます」

「ありがとう」

 予想外に笑みを向けられて、思わず戸惑ってしまった。さっきケーキ屋の店員が言っていた〝瑠璃ちゃん〟という人を知っていたら、私の存在など歓迎されるはずがないだろうと思うのに。

「ゆっくりしていってください」

 用事があったついでだとはいえ、一矢さんとの外食ははじめてだ。そもそも私には、他人と出かけるという経験そのものがあまりない。高校生の頃、放課後に凛と過ごす機会はあったが、京子に呼び出されるようになってしまい、それも途絶えがちだった。

 こうしてふたりにされてしまえば、どうしてよいのかわからなくなってしまう。
 一矢さんについては知らないことばかりだ。一緒に住むようになって二カ月ちかくが経つというのに、最初に教えられた基本情報しか知らない。
 そんな関係で、なにを話題にすればよいのか……。

「どうかしたか」

 すっかりひとりの世界に入ってあれこれと悩んでいた私に気づいたのか、一矢さんが声をかけてきた。

「い、いえ。えっと……ケーキ屋さんとこのお店は、付き合いが長いんですね」

「ああ。今のマンションにはもう数年住んでいて、その頃からの付き合いだから、かれこれ十年ちかくになるか」

 まるで、それがどうかしたか? とでも言うように、一矢さんが私を見てくる。彼の探るような視線を避けたくて、そっと俯いた。

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