冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 母が私を愛情いっぱいに育ててくれたのは、疑うまでもない。ふたりで自由になるためには、目先の欲よりもいつだって未来を見ていた。
 だから、なにかの節目でもないのに値の張るものを買ったり、数泊するような旅行に行ったり、そういったイベントはほとんど経験してこなかった。

 阿久津さんの言う〝遊び〟の内容がよくわからないが、経験のないものに未練など抱きようがない。多少の憧れを持つのは止められないが。

「へえ。でも、急に結婚してここに缶詰め状態って、つまんなくない?」

 ここでの生活を、缶詰め状態だなんて思ったことは一度もない。いくらだってやるべき家事はあるのだし、外出を制限されているわけでもないのだから。

「特には、そう思いません。家事をするのは苦じゃないですし、近くに図書館もあるので。えっと、自由に過ごさせてもらっています」

 どこか試すような口調の彼にとって、この答えは果たしてどう映っただろうか。
 ただ、嘘はひとつも混じっていないのだから、小声になりがちとはいえ言葉はすらすらと出てくる。

「そっか。意外と地味な生活をしてるんだね」

「良吾」

 今のはストレートに負の感情が伝わってきた。すかさず一矢さんが諫めてくれたが、私の答えに満足していない阿久津さんは、不平不満をぶつけるようにさらに言葉を重ねる。彼は私を悪者にしたいのだろうか。

「だって、そうだろ? 彼女、まだ二十二歳だよ。ショッピングにも行きたければ、飲みにだって行きたいんじゃないの?」

「良吾!」

 一矢さんが、少々尖ったような声を出した。
 私がいるせいで、このふたりの関係性まで悪くしてしまうのは本意じゃない。

「わ、私は別に、遊びたいとかまったくないです。あ、あの、私、部屋に戻っていた方が……」

「いや、いい。優もここにいて」

 本当に同席してよいのだろか。紹介はもう済んだのだし、私がいない方が阿久津さんも気分良く過ごせそうなのに。

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