冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 きっとこの人は、嘘を吐くような人ではない。三橋に不利になる話は慎重にすべきだが、これ以上一矢さんに黙っているのも正直辛い。

「……はい。私は日頃から家族の食事を作っていました」

「そうか」

 ひと言だけ返すと、彼はしばらく思案した。なにから切り出すべきか、どんな言い回しで話せばよいのかを考えているのだろうか。そこには、私への気遣いも含まれているのではと、保ち続けている穏やかな雰囲気から都合よく思ってしまう。

「君の名前は、三橋優で間違いないか?」

 一瞬、数か月前まで名乗っていた母方の姓である〝坂崎〟がよぎったが、なんとか悟られないように堪えた。ひと呼吸の後、ゆっくりと頷いた。

「はい。間違いありません」

 なんだか尋問でもされているような気になってくるが、一矢さんがいろいろと探ろうとしているのは事実だから、その通りなのだろう。

「三橋社長の実子だね」

「……はい」

 今の質問が、決定的な問いかけであるように感じてしまう。一矢さんの言葉の裏には、「けれど本妻の子ではない」と含まれているように聞こえた。

 答えるまでのわずかな間が、彼に確信を与えてしまったのだろう。無言を貫くのは肯定したのと大差ない。
 案の定、一矢さんから予想通りの言葉が返ってきた。

「だが、一緒には暮らしていなかった。母親は三橋京子という女性ではないんだね?」

 尋ねられているように見せかけて、断言しているのだと感じたのは間違いではないはずだ。一矢さんは、ある程度の事実を把握していると伝わってくる。いや。すべてを知っているのかもしれない。

 いつからなのか……。
 怒りに表情を歪める正信や、憎しみを込めた視線を向ける京子の顔がちらついて、だんだん不安になってくる。

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