冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 京子が生んだ第一子となる長女には、(よう)と名づけられた。

 陽の誕生から遅れること約半年。母は私を生んだ。

 命がけで生んだにもかかわらず、実父は母に名づけの権利も与えなかった。

『その娘の名は〝ゆう〟だ。漢字は勝手に考えておいてくれ』

 本妻の娘と名前を似せておけば、呼び間違えてもわかるまいと、信じられない発言をしたという。少しの愛情も感じられない正信の態度に、母はどれほど傷ついただろうか。
 せめて漢字に自分の思いを込めようとした母によって、私の名前は〝優〟と名づけられた。名字は母の姓である坂崎を名乗っていた。

 これらの話を私が知ったのは、私が母に教えて欲しいと迫った部分もあるが、母自身もすべてを知っていて欲しいと望んで聞かせてくれたからだ。それから、京子が暴言交じりに伝えてきた内容もある。

 私が愛人の子であると、気づけば周りの人に知られていた。おそらく、京子が広めたのだろう。
 三橋家の恥になるから隠そうという発想はなかったらしい。憎しみが大きすぎて、私たち親子を悪意をぶつけるはけ口にした結果だ。

 小学生の頃は〝愛人の子〟がどういう意味だかわからないまま、同級生に面白半分に言われた。周りの大人も坂崎優とは関わるなとでも言っていたようで、私にはほとんど人が寄りつかなくなっていった。

 中学生になるとなお質が悪く、意味がわかった上で〝愛人の子〟だとからかわれるようになった。中には、『お前の母親は最低だな』『相手の家族がかわいそう』などと、事情を知らないはずの相手から嫌味交じりに言われる経験もした。

 でも、本妻である京子やその娘の陽にしてみればその通りなのだろう。いくら私の母にも事情があったとはいえ、側から見たらそんなものは関係ない。
 あくまで被害者は本妻の京子で、母は加害者と言われても仕方のない立場だ。
 本当に悪いのは夫である正信だと誰もがわかっていたはずなのに、それを大体的に口にする人はいなかった。

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