メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~

スマホのナビを見ながら、指示された家に向かう。鍵は婚姻届を書いた時にもらっていた。

『平屋の小さな家ですが、住み心地は悪くないはずです。家具や家電は入れておくので、身の回りの物だけを持って行ってください。実はもう全部社長が手配済みなので、灯里さんの好みに合わなかったらすみません』
可笑しそうに今西が言うので、灯里は驚いた。

『家具や家電を社長さんが決めてくれたということですか?』

『そうです。やけに張り切って決めていたので、気に入らなくても使ってやってください』

鍵を受け渡すときのやり取りを思い出した。
偽装結婚の夫が選んでくれた家具付きの家。一体どんな家なんだろう。

考えながら歩いていると、一件の家の前に着いた。小さな家だと聞いていたが、灯里が思っていた以上に大きな平屋だ。ポツンと一軒家というわけではないが、隣とは少し離れている。
港から坂道を上がってきたので、振り返ると海が見えた。

前の住人が育てていたのか、玄関横の小さな花壇にはスミレの花が咲いている。灯里は鍵を開けて、恐る恐る扉を開けた。

玄関の上り框には可愛いスリッパが置いてあった。これは灯里用ということだろう。
靴を脱いでスリッパをはき、一つ目のドアを開けた。

「えっ!すごい」
思わず声が漏れた。

レースのカーテン越しに春の陽射しが入り込むリビングは、インテリア雑誌に登場する部屋のようだった。

部屋の中央にはオフホワイトのラグが敷かれ、淡い水色のソファーセットが置かれている。テレビも灯里が使っていたものとは比較にならないほど大きい。
テレビの横には、何にでも使えそうな白木のチェストが置いてあった。

キッチンは古いタイプだが、綺麗に磨かれていて古さを感じさせない。食器棚やダイニングテーブルは全て白木で統一されており、冷蔵庫も白だ。ナチュラルな雰囲気。
灯里は嬉しくなって「素敵!」と呟いた。

足早に他の部屋も見に行く。洋室にはかわいい木枠のシングルベッドがあり、寝具が既にセットしてある。布団カバーは木の葉の絵柄だ。

洋室には納戸がついていて、洋服ダンスや整理ダンスが入っている。田舎の家なので、ウォーキングクローゼットというわけにはいかないが、広い納戸には灯里が持って来た物全てが収まりそうだった。

部屋はもう一つあって、大きな和室だ。特に使う用事はなさそうだが、もしもお客様が来たときには便利そう。押入れがあったので、中を見てみると客布団が二組入っていた。

もしかすると、祖父母を招いてもいいということだろうか。
灯里は胸がふわりと温かくなった。

会ったことも、会う予定もない旦那様だが、灯里に対する気遣いは充分感じられた。住み心地はいいはずだと言った今西の言葉に、今さらだが大きく頷く。
安西が用意してくれた家はとても素敵だった。


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