メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~

こうして、灯里は〝厳太郎にさらわれて〟京都にいる。『京泉』経営者一族の和泉家が所有している別宅に半年間居候しているのだ。

貴船の別宅は住み込みの管理人、田之上徹、静子夫妻が切り盛りしていて、厳太郎が突然「しばらく面倒みてやって」と灯里を連れて行ったときも、驚く様子もなく「はいはい」と受け入れてくれた。どういうシステムかはわからないが、和泉家縁の人なら誰でもウェルカムという状態らしい。

でも、ただの居候というわけにはいかないので、田之上夫妻の手伝いをしたり、『京泉』で雑用をしたりしている。少しでも〝出来る女(葵)〟に近づきたいという思いだ。

しかも、念願の地方滞在記も無事企画を採用してもらえて、地方に移住したい人向けの雑誌に連載が始まった。

実に充実した日々を送っているのだ。

だが、いつまでも甘えてばかりはいられない。さらわれ生活といっても、ただ厳太郎にお世話になっているだけだ。安西はとっくに離婚届を提出しているだろうし、灯里は和泉家とは何の縁もないただの他人でしかないのだから。

「あのぉ、おじい様。そろそろお暇しようかと思うのですが…」

やんわりと厳太郎にお伺いを立てると、厳太郎は「まだまだ。さらったままやで」と甘やかしてくれる。ありがたいことだが、せめて働いて恩を返さねばと、灯里はより一層お手伝いを頑張った。


「静子さん、玄関のお掃除終わりました」
「お疲れ様です。じゃあ朝ごはんにしましょ。ちょうど支度もできたので」

テーブルの上には、湯葉の味噌汁、ふっくらと焼かれた出汁巻き玉子、壬生菜の漬物といった和食が並ぶ。
いただきます、と丁寧に頭を下げてから、灯里は味噌汁に口をつけた。ほーっと息を吐いてしみじみと味わう。徹は元板前で、静子は料亭の仲居だったそうだ。だから、ここのご飯は本当に美味しい。灯里は徹に弟子入りし、和食の基礎を教わりながら料理もするようになった。つまり、料理教室付きのさらわれ生活だ。驚きでしかない。


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