メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~
「今日は、彩芽様が来られます。灯里さんは家にいらっしゃいますか?」
「います!わーい、悠太郎君に会える」
灯里はほくほくと喜んだ。
彩芽(あやめ)様というのは、『京泉』の副社長である和泉篁太郎(いずみこうたろう)氏の妻で、悠太郎は二人の二歳になる長男だ。
篁太郎は安西の従兄弟に当たるため、「厳太郎の孫の嫁」という立場でいうと、彩芽と灯里は同じだったわけだが、もちろん偽装嫁の灯里とは違い、彩芽は次期和泉家当主の妻、本物の奥様だ。
田之上夫妻は、和泉家の人々を〝様〟付けで呼んでいて、初めは灯里も〝灯里様〟と呼ばれた。でも、今は頼んで〝灯里さん〟と呼んでもらっている。偽の嫁に様付の資格などない。
彩芽とは年も近いので、この半年間仲よくしてもらっている。でも最近、彩芽が二人目を妊娠していることがわかり、体を休めるために貴船にくるようになった。つわりがひどい体質らしく、一人目の時も静子の世話になっていたらしい。
「灯里ちゃん、ごめんねー。お邪魔します」
青白い顔で彩芽がやってきた。つわりを経験したことがない灯里には想像もできないが、終わることのない船酔いの気分だと説明されて、それだけで気が滅入る。彩芽の妊娠が判明した時、灯里は悠太郎のベビーシッターを買って出た。〝少しでも和泉家の役に立とう〟プロジェクトだ。
「全然平気!彩芽ちゃん、ゆっくり休んでね。悠太郎君こんにちは」
しゃがみ込んで目線を合わせるように挨拶をすると、悠太郎は、うむと言うように頷いた。
悠太郎は、二歳児とは思えない落ち着きの持ち主で、灯里にはそれがツボだった。
絵本を読んでほしいとき、悠太郎はどんと椅子に座ったまま灯里を手招きで呼ぶ。
「苦しゅうない、近う寄れ」という殿様感が満載で、灯里はハハ―と絵本を受け取ってありがたく読ませてもらうのだ。読み終えた後、悠太郎の顔を伺うと、満足気に「うむ」と頷く。その顔がなんとも可愛くて、灯里は張り切って絵本を読んだ。
こうして二人で楽しく遊んでいると、静子から声がかかった。
「灯里さん、葵様がお話があるそうです。悠太郎坊ちゃまと遊んでいただいていたので、電話に気がつかなかったみたいですね。連絡してもらえますか?」
慌ててスマホを確認すると、着信が二件入っている。
「わっ、本当だ。すみません、すぐにかけ直します」
電話をかけるとワンコールで葵が出た。