マリアの心臓



なにか……何かを、言わなくちゃいけない気がした。


けれど。

息継ぎをすることにせいいっぱいで、言葉まで吐き出せない。




「また水でもかぶせたら、おとなしくなる?」

「キャハハッ! あり! あのとき1週間くらいサボってたもんね!」

「ずっと休んでたらよかったのに!」




……今、なんて?


凍てついた水を、脳天からぶつけられた気分だった。

彼女の記憶をとおして、治りかけていた古傷が開き出す。


びしょ濡れで、寒かった。
苦しくて息もできなかった。


……死んじゃうかと思った。



あの日の蔑んだ笑い声が反すうする。

その声は、たしかに、3人のそれとまったく同じで。


一瞬にして、あのときの恐怖心がぶり返す。




「あは、泣いちゃうんじゃない?」

「悪女も泣くんだ?」

「これも計算の涙だったらこわ~い! キャハハ!」




――怖い……っ。

怖くない。



――痛い……痛いよ……。

痛くない。



――苦しい……!

苦しくない。



本当だよ。

ふしぎだけど、本当の本当に、泣けないの。



白いシーツを、何度も赤く染めた、あの長くて短い日々。

あのころに怖さも、痛みも、苦しみも、すべて味わい尽くした。


それと比べたら……うん、なんともない。


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