英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

一緒に食事したことなんかありませんよ

翌日____。

部屋の窓から外を見ると、ノクサス様は早朝から、外を走っていた。
呪いのせいで体力が落ちているとは言っていたけれど、とてもそうは見えない。
それに、邸では、仮面を付けずにいる。
昨日聞いたのは、邸では仮面をなるべく外しているらしい。
あまり抑えると、呪いが外に出ていかずに顔に熱が溜まるらしい。
瘴気の呪いだからだろうか?
そして、仮面を外している時は、使用人たちも含めて、人払いをしているようだった。
邸では、ノクサス様の顔は怪我をしていると伝えているらしい。
確かに、爛れは酷いものだった。

朝食の時間には、私も呼ばれてノクサス様と一緒にいただくことになった。

「おはよう。ダリア」
「おはようございます。ノクサス様」

呪いを隠したいのか、ノクサス様は右側だけ髪を伸ばしている。
まだ、伸びきってないのか、完全には隠れていないけれど……。

「ダリア、こちらに……」
「私は使用人ですので、ご一緒は良くないのではないですか?」
「ダリアは使用人ではない。大事な客人だ」
「ですが……私は、使用人と一緒でも大丈夫ですよ」
「ダリアが使用人のところで食べるなら、俺もそちらでいただく」

ノクサス様は、持っていた新聞紙を置くと立ち上がり、私に近づいてくる。
本気で私と使用人のところに行く気だろうか?
そう思ったのは私だけではなかった。
アーベルさんが、お茶を淹れていた手を止めた。

「ノクサス様、使用人のところで召し上がられては困ります! ダリア様、どうかご一緒ください。あなた様となら、本当に使用人のところに行ってしまいます!」
「は、はい……!」

ノクサス様が使用人のところでいただくのは、確かにまずい。
仕方なく、私はノクサス様といただくことになった。

「ダリア、夕べは良く眠れたか? 寝心地はどうだった?」
「ふかふかで良く眠れました……」

柔らかいベッドは心地が良かった。しかも、布団は新品のふかふかだった。
私を気遣うノクサス様は優しい。
私も役に立たなくては、と思う。

「ノクサス様は、朝食が終われば、回復魔法をかけますね」
「本当か?」
「はい。お時間はありますか?」
「時間なら作る。仕事に行く前にしてくれるか?」
「もちろんです」

笑顔で言うと、少し照れたように笑ってくれる。
右側は黒く禍々しいのに、左側の顔は光が差すようにまぶしい。

そして、アーベルさんが「こちらにどうぞ」とイスを引いてくれた。

朝食も、いつもはパンぐらいだったのに、並べられたお皿には卵にハムにサラダ。貴族の定番の朝ご飯のケジャリー。果物もテーブルに並んでいた。

美味しかった。
もう、お昼もいらないんじゃないのかなぁ、と思うくらいお腹がいっぱいになる。

そして、朝食のあとは回復魔法をかけて私は、アーベルさんの付き添いのもと、荷物を取りに自分の屋敷に帰った。



荷物をアーベルさんと、ノクサス様の邸に運んでもらい、片付けを済ませた。
荷物が少なくて良かった。あっという間に終わったから。

ノクサス様は、記憶喪失だけど、周りは知らないために、いつも通り騎士団本部へと仕事に行く。
騎士団本部は、お城の一角にある大きな建物だ。その執務室で、フェルさんがフォローしながら、やっているらしい。
しかも、元々やっていたからか、物覚えはいいらしい。
フェルさんは、戦争時代からのノクサス様の従騎士で、執務官としても優秀で助かっていると、アーベルさんが言っていた。
信頼に足る関係なのだろうとは思う。ノクサス様のために私を探し出すぐらいだから……。


♢♢♢

私の引っ越しのためか、すでに夜になっているのに、ノクサス様は、まだ帰ってこない。
遅くまで仕事をしているせいで帰りも遅いのだ。
ノクサス様は、お疲れかと思うけれど、玄関にお迎えに上がると、嬉しそうな笑顔を見せる。

「ダリア。俺の迎えに……」
「はい。お食事のあとはゆっくり回復魔法をかけますね」

ノクサス様は、マントを脱ぎ、隣のフェルさんにわたしながら、私の出迎えに感激したままそう言った。

「ダリアが邸にいるなんて夢のようだ。ずっと会いたかった気がするんだ」
「ふ、不思議ですね……」

本当に意味がわからないと困惑してしまう。思わず呆気にとられてしまう。

今日の荷物運びの時も、アーベルさんに「本当にノクサス様と、恋人ではなかったのですか?」と聞かれた。
心当たりはなく、むしろ何故私がノクサス様の恋人? と、不思議なままだった。

夕食は晩餐スタイルで、順番に料理がやって来る。
晩餐には、ドレスに着替えないといけないことはわかっている。
でも、困窮していた私にドレスはない。

「ノクサス様、やはり食事は別にしてもらえませんか?」
「どうしてだ? 君と一緒に摂りたいのだ」

少し悩んでしまう。
没落を隠しているわけではない。あの家を見れば一目瞭然だっただろう。
ましてや、妾にあがる身だ。
そんな私がノクサス様と一緒に食事なんて出来ない。
やはり、そのまま素直にノクサス様に伝えるべきだ。
せめて、ドレスが必要な晩餐は、私には相応しくないと……。

「……ノクサス様。私は晩餐に出席するような令嬢ではないのです。見たとおり没落貴族なのです。ですから……お恥ずかしいのですが、ドレスもないのです。どうか、晩餐は別にしてください」
「ダリア、そんなことを気にするな。俺は、全く気にならない」
「でも、ノクサス様とご一緒できるような令嬢ではありませんから」
「君以外とは食事したくない」
「それは……無理ですよ」
「それくらい君と食事がしたい。……君とどんな風に食事をしていたのか思いだしたいんだ」

また、おかしなことを言い出した……。
初対面の私に一緒に食事したことなんてあるわけがないのだから、絶対に思い出さないと思う。
本当に誰かと間違っているんじゃないのかしら……。

「ダリア様。ノクサス様も本日はこのままお食べになられますので、どうかダリア様もお気になさらずに……」

うーん、と困惑していると、アーベルさんが声をかけてくれた。
意外とフォローはする気なのか。
それとも、ノクサス様に使用人のところに行って欲しくないのか……後者のような気がする。

「ダリア、この食堂が嫌なら別の部屋に準備をさせるが……どこか、気を使わない部屋を……」
「だ、大丈夫です! あの……ノクサス様とここでいただきます」

今から、私のために部屋を変えるなんて……思わず焦ってしまう。
ノクサス様は、「では、一緒に……」と私の手を取った。
……意外と、ノクサス様の手は怖くない。男らしい筋張った手なのに……。
それに、自然に手を取るノクサス様は、エスコートが身についている。

「ノクサス様は、貴族ですか?」
「そうらしい。俺もダリアと同じ伯爵家の出らしいぞ」

そう言いながら、ノクサス様は、私の手を見ている。

「あの……なにか?」
「いや……食事にしよう」

私の手になにか思い出すものでもあるのだろうか。
わからないまま、優しく見つめてくるノクサス様を前に、晩餐が始まっていた。










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