英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

探さないでください


休日が終わり、今日から治療院にノクサス様のお邸から出勤する。
昨晩は、晩餐のあとにはノクサス様に回復魔法をかけて、お顔を拭いてあげた。
でも、瘴気が染みついているのか、触れたらピリッとした。
だからか、いつも瘴気が少しでも良くなるように、魔法薬を混ぜたもので拭いていたようだった。
ノクサス様は、私が瘴気を受けて汚れないかと、心配していたけれど、魔法の使えない人間がするよりは大丈夫だ。
少ないながらも魔法耐性はある。
一緒に住むことになったし、時間がある時は瘴気の治癒に当たれば、きっと今よりもよくなるはずだ。
呪いも治せるぐらいなら良かったけれど……瘴気が減ればきっと進み具合は遅くなるはずだ。

そう思い、お邸を出発しようとすると、アーベルさんが馬車を準備していた。

「ダリア様。馬車はいつでも出発できます。どうぞ」

リヴァディオ伯爵家の家紋なのか、家紋入りの上位貴族が乗るような大きな馬車。
……この立派な馬車で出勤しろと?

「歩いていけます」
「ですが、ダリア様になにかあれば……」
「お金のない私を誰が狙いますか……」

朝からなにかのギャグだろうか?
「どうぞ」と言われても、乗る気になれない。
こんな貴族の服装もしてないのに、誘拐する人はいませんよ。

「アーベルさん、私は使用人と同じですよ。使用人がノクサス様の馬車を使うことはできません」
「ダリア様は違います。あの……以前、ノクサス様と本当に約束をしてなかったのですか?」
「なんの約束ですか。お会いしたこともないのですよ? とにかく馬車はご遠慮します。すみません」

そう言って、頭を下げて一人で邸を出た。
追っては来ないだろうが、追って来られては困るために、走ってその場を立ち去った。
「お待ちを……!!」と聞こえたが、振り向けない。引き止められては困る。
逃げるように、街中に向かい治療院へと着いた。
私が勤めている治療院は騎士団の治療院とは違い小さなものだ。
二階建ての古い建物に、患者も街の人たちばかりだ。
貴族の患者は、お邸に往診となるから、そうそうは来ない。

そして、いつものように「おはようございます」と治療院に入った。
仕事は、怪我の治療がほとんどだ。
回復魔法で病気は治せない。病気は医師のいる病院になるのだ。

そのまま、いつものように患者が来れば回復魔法を使う仕事をする。
院長と何人かの白魔法使いは、貴族の邸の往診に行く。
ここは、街中の治療院だから、平民の白魔法使いばかりだ。
だから、みんな貴族の邸の往診は行きたがる。
少しでも目に止まればと、思っているのだろう。
気に入られれば、邸で雇ってもらえることもあるからだ。

私は、貴族なのにこの街の治療院に通うからか、みんなにあまりよく思われてなかった。
没落貴族で貴族にもなれない。没落貴族でも身分は貴族だから、平民にもなれない。
どっちつかずの私は、よくわからない立場だった。

それに、今日はお昼のパンも持って来てない。
ノクサス様のお邸から来たから、お昼のパンをくださいとは言えなかった。
アーベルさんに追われては困るから、急いで来たために途中で買うことも出来なかった。

パンでも買って治療院の裏庭で食べようかな……と思い街のパン屋に行こうとすると、治療院の玄関が騒がしい。
そして、玄関からいきなり名前を叫ばれた。

「ダリア!」

驚くと、そこには急いで来たノクサス様が走って来ていた。

「……ノクサス様。どうされました? お、お疲れ様ですか?」
「違う! 邸に帰ったらダリアがいなくて……!」
「私は仕事ですよ。ノクサス様も仕事に行かれたじゃないですか」
「一緒に昼を摂ろうと帰ったらいないから、またいなくなったかと……」
「また……? いなくなった時がありましたかね?」
「全くわからない!」

まぁ、記憶がないから、聞いてもわかりませんよね。

ノクサス様は私がいなくなったと思い、凄く焦っている。

おかしいなぁ、と思っていると、周りはざわついている。
いきなり仮面の男が飛び込んで来れば、驚くだろう。
こんな視線を浴びたことはなく、どうしていいのかわからない。
とりあえず、ここから離れたい!

「ノ、ノクサス様。今から、お昼休みなので、少し外に出ましょうか?」
「では、一緒に食事を。なにか、ダリアの好きなものを教えてくれ」

食事に誘われるも、フェルさんは困り顔だった。

「ノクサス様。お昼だけですから、時間はそんなにありませんよ。このあとも予定があります。街でゆっくり食べる時間は……」

フェルさんが、困ったように言った。

「では、ダリアを騎士団に連れて行こう」
「私は、まだ仕事がありますので……騎士団までは……」

困っていると、院長がやっと「何事か?」と間に入って来た。
仕事があるからと、引き留めてくれると期待した。
しかし、フェルさんは口が上手かった。
ノクサス様の呪いのことは言わずに、私に仕事を頼んでいることを伝えた。
院長は断る理由がなかった。
ノクサス様は国の英雄騎士で、この治療院の白魔法使いが貴族の邸に往診に行くことは普通だ。

「仕事なら行ってきなさい」と微笑ましく送り出される。

「ダリア。許可が出た。すぐに騎士団で食事をしよう」

食事をするのに騎士団に行く人なんて聞いたことない。
騎士団は食堂ではない。
そう思いながら、ノクサス様に騎士団に連れて行かれてしまった。








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