英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。
ずっとそばに……
最近ノクサス様は忙しい。
ランドン公爵令嬢様のことはちょっとした事件だったからだ。
しかも、限られた人間にしか処罰の仕事は任せられないことだから、ノクサス様は大変だ。
そして、今日は騎士団の応接室に行くために、騎士団に来ていた。
差し入れを持ってノクサス様がいる部屋に行くと、書類を持ち険しい顔のノクサス様が立っていた。
忙しいのだから、仕事が終わるのを待とうと考えていると、すぐに私に気付いてくれた。
「ダリア! 来たか。声をかけてくれたらいいのに……」
一瞬で表情が変わる。
さっきまでの険しい顔を見ていた周りがギョッとした。
「お邪魔かと思いまして……」
「なにを言う。ダリアのことが最重要事項だ」
「そ、そうですか……」
周りの視線が集まり、何だか痛い。
「フェル。あとは頼むぞ」
「はい。かしこまりました」
フェルさんに持っていた書類を渡してノクサス様はすかさず私の肩を抱く。
ノクサス様の傍らは私の定位置らしい。
そのまま、ノクサス様と騎士団の端にある部屋に歩いた。
そして、部屋の中には何人もの暗い表情の貴族たちがいた。
泣いているご婦人もいる。
彼らは、私を襲ったあの男たちの家族だ。
私はあの男たちの謝罪を受け入れることにしたのだ。
毎日のように来ていた家族に、面会をすることを決めて、ノクサス様が騎士団の部屋を準備してくれたのだ。
でも、彼らに会うのはもちろん条件付きだ。
その条件は、ノクサス様が同伴の時以外は絶対に私と接触をしないことだった。
「本当に申し訳ない……」
そう言って、男たちの家族は涙ながらに謝罪した。
「……罰は受けてもらう。辺境の監獄に行くんだ。数年で出て来られるだろうが、その後は、そのまま辺境の警備の下働きをしてもらう。もちろんその間の家族の援助は認めない。……あの時、俺が行かなければダリアは死んでいたかもしれないんだ。罪は公にはできなくてもそれ相応の罰は受けるべきだ」
ノクサス様にそう罰を突きつけられて、家族たちは何も反論もしなかった。
項垂れている家族たちを前に、ノクサス様は表情一つ変えない。
私の方がハラハラしていた。
でも、これ強靭な判断を下せる騎士団のトップなのだ。
男たちの家族が帰る時も、見送りはしなかった。
でも、泣いている母親たちをそれぞれの夫が肩を寄せて慰めながら帰る姿を窓から見ていた。
その姿にズキンとした。
私が罪を犯せば、お父様もあんなに心配してくれただろう。
私のせいで要らぬ苦労をかけてしまった。
亡くなった時も、馬車の事故だったから、安らかな気持ちだったかどうかもわからない。
最後まで私の心配をして逝ってしまった気がする。
そう思うと、家族の姿に心が傷んだ。
「……ノクサス様。彼らの魔法を解きます」
「セフィーロがかけたという傷が治らない魔法か?」
「はい……今は、解き方はわかりませんけれど、きっと師匠のことだから、あの森の家に解き方を記した本があるはずです」
「……また、襲ってきたらどうするんだ?」
「では、ノクサス様がまた助けてくださいね。必ず来てくれると信じてます」
でも、もう男たちは私を襲ってくることは無い。
そうわかっているけれど、ノクサス様に甘えるようにそう言った。
それをノクサス様は受け入れてくれる。
優しく包み込んでくれるこのたくましい腕が大好きなのだ。
あの襲われた時も、この腕でしっかりと抱き上げてくれた。
「いつでも助ける。ダリアのためなら誰を敵に回してもいい」
「陛下に迷惑をかけないでくださいね……」
「ダリアがそう言うなら、気を付けよう……」
ノクサス様に垂れかかるように抱きついていた。
この人は私がどこにいても駆けつけてくれる人だ。
こんなに私を思ってくれる人はいないのだ。
そのまま、安心を堪能するようにしばらくノクサス様と抱き合っていた。
♢♢
ノクサス様に誘われていた陛下主催の夜会の日______。
ノクサス様はいつもと違う、夜会用の騎士服で私をエスコートして会場に歩いた。
豪華なドレスはまだ慣れないけれど、ノクサス様に恥をかかせてはいけないと思い、緊張しながら、ノクサス様の手に添えて歩いた。
「ダリア。すごく綺麗だ」
「お邸のみんなが頑張ってくれました」
メイドさんたちが、あれやこれやと、髪を結ってくれた。
すごく綺麗に結い上げてくれて、まるで私じゃないみたいだ。
夜会では、私は正式なノクサス様の婚約者でみんながこちらに集中しており、かなり逃げたくなった。
初めての夜会がこんなに注目されることになるとは、緊張でおかしくなりそうだった。
「ずっとそばにいるから、安心しなさい」
私の緊張を察したようにノクサス様が耳元で優しく囁く。
彼を見ると、絶対に私を離さないと思う。
記憶喪失になっても、私を探し出した人だ。その執念は誰にも敵わない。
「はい。ずっとそばにいてくださいね……」
そう言って、緊張しながらも微笑んだ。
そして、ノクサス様は陛下に「大事な婚約者です」と言うために私を傍らに置いて歩いた。