魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
「エブリア、ごめん。君にいろいろ心無いことを言った……。あれは私の本心ではない」
「よろしくってよ。スウェイン様は操られておられただけですから」
「それでも、君は傷ついただろ? 悪かった」

 王太子殿下がエブリア様の頬に手を当て、目を合わせた。
 真っ赤になって慌てて横を向き、扇子で顔を隠したエブリア様が可愛らしい。

「そ、それより、この事態を招いた黒幕を捕まえなくては!」
「ここにいるのか?」
「はい。スウェイン様の側近に潜り込んで……」

 お二人を微笑ましく思って見ている間に、いつの間にか、近くにミステリアス様が来ていた。
 この方って、黒幕疑惑がある……。
 ぼんやり見ていたら、ミステリアス様が急に険しい顔になって、叫んだ。

「お前さえ殺れば、まだ勝機はある!」

 いきなり目の前に銀色の光がきらめいた。

(え、なに?)

「アイリ様!」
「ダヴァン!」

 飛びつかれるようにして、カイルに押し倒された。
 私が床に激突する前に、カイルが体をひねる。

 ドサッ

 カイルの上に乗るようにして床に転がった。

「カイル、大丈夫?」

 私の分も床の衝撃を受けたカイルを気づかって、腕立て伏せのように、身を起こす。
 
「アイリ様、ご無事でよかった」

 普通の顔で言うから、カイルの下から赤いものが広がっているのがなにかを認識できなかった。
 ミステリアス様はチッと舌打ちして、そのまま逃げていこうとして──いきなり、倒れた。
 体に光がまとわりついている。
 王太子殿下の魔法のようだった。
 
 カイルは私の下でみるみる顔色を失っていった。

「カイル?」

 彼はなにか言いかけて、笑みのようなものを見せると、目を閉じた。

「カイル、いやっ、ウソでしょ? カイル? 目を開けて!」

 カイルを揺り動かすと、手にぬるっとした赤いものがついた。
 これはなに? どういうこと?
 思考が状況を理解するのを拒む。

「アイリ様! 浄化を! ナイフに毒が付いていた可能性があるわ!」

 エブリア様に言われて、理解しないままに浄化を施す。
 カイルの顔色が少しよくなった気がする。

「カイル?」

 でも、カイルは目を開けてくれない。

「衛生兵! ここだ! 絶対に死なすな!」

 王太子殿下の声がすぐ横で聞こえた。

(死なすなって、誰を?)

 体を押しのけられて、衛生兵と呼ばれた人たちがカイルを起こして、なにか処置をしている。
 その背中は真っ赤に染まっていた。

「やだっ、カイル! どこに連れて行くの!? カイルは私の大事な人なんだから! 連れていかないで!」 
 
 ぐったりとしたカイルをうつ伏せで担架に乗せ、連れ去ろうとする衛生兵に取りすがった。
 そんな私の肩にエブリア様が手を置いた。

「アイリ様、治療しなきゃ。わかってるわ。大丈夫よ。お城の常駐医は腕がいいから、きっとカイルを治してくれるわ。私たちも後で行きましょう」

 治療……常駐医……治す……?
 まったく頭が働かなくて、エブリア様の言葉が素通りする。

(カイルと離れるのって、出会ってから、初めてかも)

 ぼんやりとそんなことを思った。

 
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