魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
 王家の馬車はさすがに内装も凝っていて、美麗だ。赤いビロードに金の縫い取りのある座面は適度な硬さで、馬車の衝撃を抑えてくれる。
 王太子殿下の隣にエブリア様が座り、対面に私とオランが座った。
 ともすれば意識をカイルのことに持っていかれる私とは違って、エブリア様、王太子殿下、オランは熱心に今後の対策を話している。
 学校と同じ原理で、外側から浄化するのではなく、陛下の近くに行ったときに浄化してほしいそうだ。
 黒幕がそばについているはずだから、信頼できる兵で周りを囲ってから、浄化魔法を発動してほしいと言われた。
 また、伝令をとばして、貴族を王宮に集め、一気に浄化する手筈になっているらしい。

(そういえば、お父様も操られているのではないかしら?)

 そう考えたとき、抜かりないエブリア様が「あなたのお父様もちゃんと呼び出しているわ」とおっしゃった。
 お父様にお会いすると思っただけで、身がぶるっと震える。ここには守ってくれるカイルはいない……。
 あの暴力や暴挙が操られていたせいだと思いたい。
 祈るような気持ちでうなずいた。
 
「それでね、アイリ様。おつらいとは思いますが、王都を浄化したあとは、疫病が発生している地域を浄化していってほしいのです」

 エブリア様がじっと私の目を見る。
 同情に満ちてはいるけれど、それはお願いではなく強制だった。

「すぐにですか?」

(カイルを置いて、旅に出かけるってこと?)

 私は即答できなかった。
 カイルが治るまでそばについているつもりだった。彼と長く離れるつもりはなかった。
 
(でも、疫病を早く浄化する必要があるのはわかる……)

 それでも、カイルと比べると、冷たいようだけど他人事のようで、返事ができない。

(他人事?)

 はっと気づいた。
 家族や恋人が疫病に侵されてる人は、私と同じ思いをしているのではないかと。
 一刻も早く治ってと祈っているのではないかと。

「わかりました。私、頑張ります!」

 伏せていた目を上げ、エブリア様を見ると、ほっとした顔で微笑まれた。

「ありがとう」
「いいえ、パパッと浄化して帰ってきて、カイルに褒めてもらいます」

 私が言うと、エブリア様はなにか思いついたようで、王太子殿下の耳になにやらささやいて、ボソボソと打ち合わせをしだした。最後に王太子殿下がうなずいたところで、にこやかに言う。
 
「それなら私たちもご褒美を用意しておくわ」
「ご褒美、ですか? なんでしょう?」
「ふふっ、帰ってきたときのお楽しみよ」
「楽しみにしていますね」

 なんだろう? お菓子かな? 豪華ディナーだったりして。そのときはカイルも一緒に招待してほしいなぁ。
 私は現実逃避のように、楽しいことを考えることにした。



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