因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました

 香間に入る前、ちょろちょろと水音を立てる手水鉢で手を清めた。

 私が火傷をしたあの時、光圀さんが一生懸命その水を手で掬って、額を冷やしくれた。緊急時なのに、年上の男の子と接近してドキドキしたのを覚えている。

 ほろ苦い思い出をなぞりながら、その後もふたりで一つひとつ丁寧に香間へ入る儀式を行ううちに、とても心が静かになるのがわかった。

 なにも知らずに香間へずかずか上がり込んだ過去の自分が恥ずかしい。

 光圀さんはなにも言わず畳に腰を下ろし、灰手前を始めた。電熱器で香炭団を温める姿も、粗削りだった高校生の時とはまるで違う。

 光圀さんはあれからうんと努力して、立派な家元になったのだ。

 じん、と胸に迫る温かい感情に浸って、彼が香炉の灰を調える所作を見つめる。

 温めた香炭団を香炉の中央に入れ、表面を山型にならして、灰に筋を何本も引いていく。

 中央に穴をあけたら、香炉のふちを小さな羽箒で清め、中央に香木を乗せる敷物、銀葉を水平に置く。

 その上に香木をのせたら、聞香の準備は完了だ。

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