因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました

 離ればなれの悪阻期間はそんな風に少し切ないものだったけれど、年が明けて安定期に入ると、悪阻の症状は現れなくなり、私は無事に醍醐家に帰ることができた。

 実家のように肉親がいるわけではないけれど、家政婦さんたちが常に私の体調を気遣ってくれたり、子育ての極意を教えてくれたりしたので、安心して楽しいマタニティライフを送ることができた。

 そして、同じ年の七月一日。予定日より少し遅れて、私は男の子を出産した。

 立ち合い出産の予定だったので産気づいたと同時に光圀さんに連絡したら、彼は香道教室からまっすぐ、和服姿のまま駆けつけてくれた。

 悪阻の時には私を苦しめた白檀の香りだけれど、光圀さんの着物からふわりとそれを感じた瞬間、絶対的な安心感と頼もしさを感じたのを覚えている。

 陣痛はとても痛くてしんどかったけれど、出産自体は安産で、母子ともに健康だった。

 光圀さんと一緒に悩んで決めた息子の名前は、【徹志(てつし)】。

 決めたことをやり通す、筋の通った人間になってほしい。そんな思いを込めて名付けた。

 徹志は私と光圀さんだけでなく、醍醐家のみんなにかわいがられてすくすく育ち、二歳を過ぎた頃には香道の勉強を始めた。

 もちろん無理強いしているわけではなく、ほかにやりたいことが見つかれば、徹志の意思を尊重すると、夫婦で決めている。

 しかし、本人は『とうたまみたいないえもとになりまつ!(父様みたいな家元になります)』とやる気十分だ。

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