没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~
それでも執事としての礼儀は忘れていないようで、頭を下げる。

「王太子殿下、ようこそお越しくださいました。大変申し訳ございませんが旦那様は外出中でございます。奥様を呼んで参りますので少々お待ち願います」

背を向けようとするガレを、ジェラールが呼び止める。

「いや、夫人は呼ばなくていい。あなたに用がある」

「また、私にですか」

最初の訪問でもそうだったからか、ガレは驚きはせずに承知してくれた。

通されたのは前と同じ玄関横の、従者や配達人を待たせるための小部屋だ。

「お邪魔します……」

あなたまで来たのかとは言われなかったが、オデットは首をすくめるようにして入室し、勧められた簡素なテーブルセットにジェラールと向かい合って座った。

「今回はどのようなご用件でございましょう?」

そばに立ったガレが笑みも作らず尋ねたのに対し、ジェラールは大袈裟なほどにこやかに答える。

「スチュワート・ガレ。レオポルド伯父上の遺書を渡しなさい」

途端にガレの目が見開かれた。

数秒の沈黙が下りる中、オデットはハラハラと両者の顔を窺い戸惑っている。

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