◇水嶺のフィラメント◇
「待って……待ってぇ!!」

 水底から湧き上がる空気の粒が、光を(まと)って波間を輝かせる。

 それは次第に数を減らし、ついには無となり、凪いだ寂莫(しじま)に戻った頃。

 イシュケルも王女を抑える腕を緩めたため、アンは地面に降り立ち慌てて泉に駆け寄った。

「おねがっ……待って、レイン!!」

「アンっ!!」

 激しく飛沫(しぶき)を上げながら泉の中心に突進するアンを追って、メティアもまた胸まで水に浸かった。

 潜り込もうとするアンをギリギリ捕まえ、後ろから無理矢理羽交い締めにするが、アンにはレインの元へと続く最短の道しか見えていなかった。

「お願い、放して!! レイン! レイン!!」

「ダメだって! これがレインの最後の望みなんだ……みっともない姿なんて、きっとアンには見せたくなかったんだよ……」

「あっ……あ……」

 メティアのこれほど悲しい声色(こわいろ)を聞かされてしまっては、アンもその衝動を鎮めざるを得なかった。

 仕方なく反発することは諦めたが、背後のメティアへと振り返ることは出来なかった。

 鉄格子の並ぶ一番深い中央を見詰め、ただひたすらに涙を零す。

「あっ……あ……」

 激しく泣き崩れるなどしなかったのは、王女としての品位が邪魔したのだろうか。

 それともメティアが語ったように、アンもレインと同じくみっともない姿を恋人に見せたくなかったからかも知れない。

「あっ……あ……」

 後ろから優しく抱き締めるメティアの腕の中で、繰り返される呟きと吐息。

 ぽろぽろと落ち続ける大粒の涙が、水面(みなも)に想いの跡を刻みながら泉の水に溶けて(まじ)わる。

 それはレインが巻き上げた水泡(みなわ)の如く、光を吸い込み流れていった。


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