◇水嶺のフィラメント◇
 アンとレインの二人があの地下洞ではなく、初めて格子に(はば)まれることなく相対(あいたい)したのは、アンが八歳・レインが十歳の頃だ。

 場所はリムナトの王宮だった。

 以前からリムナトに行ってみたいとせがんできた幼い娘に、とうとう父王が根負けをして、外遊の際にようやく同行を許され、共にリムナト王家を訪れた時であった。

 宮殿に通されたアンは国王の招きに感謝すべく、王女らしくドレスを両手で摘まみ、床に視線を落として優雅に会釈をした。

 おしゃまな挨拶を述べたアンは、それからゆっくりと(こうべ)を上げた。

 その先に立つ優しそうな王の隣、温かなレインの眼差しと自分の瞳が合わさった刹那、時が止まったように身動き出来なくなったあの感覚は、今でも不思議と忘れていない。

 薄暗い洞窟で語らうレインには、いつでも柔らかい天使のようなまばゆさがあったが、煌びやかな謁見(えっけん)の間を背景にしたレインは、まさしく凛々しい王子の風格を(まと)っていた。


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