元勇者は彼女を寵愛する
光が差し込まないその場所は、まるで別の空間にでも入り込んでしまったかの様に冷たく淀んだ空気が漂っていた。
少年の足は驚くほど早くて、すぐに見失ってしまった。
何よりも私の体力もすぐ限界を迎えた。そんなに走った訳じゃないのに……っていうか完全に運動不足だわ。日頃からヴァイスに甘えてきたツケが回ってきたわね。
私は足を止めて呼吸を整える。
静かな空間で息を切らした私の吐息だけが響く。
『危ないから、路地裏や人がいない様な場所へは行ってはいけないよ』
そう何度もヴァイスから忠告されてたのに、約束を破っちゃったわ。
だんだんと湧いてくる罪悪感と孤独感。
早くヴァイスの所へ戻ろ……。
「お?可愛らしい姉ちゃんじゃねぇか。こんな所に一人で来るなんて、お兄さん達と遊んでくかい?」
俯いている私の前には、ガラの悪い男が二人。その内の一人の男が、ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべて話しかけてきた。
隣りにいる中年の男も品定めするかの様に、私の顔を覗き込む。……が、私と目が合うなり、表情が一転した。
「おい、やめとけ!そいつぁ勇者の女じゃねえか!!」
どうやら私の事を知っているみたいだけど、私はその男に見覚えはない。
……なんでそんなに怯えた表情してるのかしら?
怖いのは私の方なんだけど……。
「はぁ!?なんで勇者の女がこんな所にいるんだぁ!?」
「知るか!俺はもう行くぞ!」
「おい待てよ!!」
二人組の男は慌てた様子で一目散に走り去って行った。
っていうか、私ってそんなに有名だったの?
勇者の女って……そうよね。男女が一緒に旅をしていたらそんな風に見えるわよね。
まいっか。今は本当に勇者の女な訳だし。
「リーチェ」
突然後ろから呼ばれて、ビクッと体が跳ねた。
聞き慣れているはずの声。それなのに、いつもより少しだけ冷たさを感じて、私の額からは冷や汗が流れた。