元勇者は彼女を寵愛する
 僕はなんで、あの時の彼女との記憶を消してしまったんだろうか。
 

 リーチェは、初めて出会ったあの時から、少しも変わっていなかった。
 それなのに、僕は彼女を信じられず、自ら彼女との思い出を消してしまった。

 あの日、彼女は別れ際に「忘れないでね」と言った。
 その本当の意味を僕は分かっていなかった。僕さえ彼女の事を覚えていれば良いと思っていた。
 だけど、忘れられるという事が、こんなにも寂しくて悲しい事だったなんて……僕は知らなかったんだ。

 リーチェと過ごしたあの三日間は、偽る事のない、本当の僕の姿で彼女と過ごしたかけがえのない時間だった。
 たった一度しかない彼女との出会いを、彼女の記憶から消してしまった。
 あの時の思い出を、彼女と共有することはもう出来ない。

 僕は取り返しのつかない事をしてしまった。なんて愚かだったんだろうか……

「大丈夫?あ、もしかして私がいない間に誰かに嫌なことでも言われたとか!?」
「いや、違うんだ。自分のせいで、大事な物を無くしてしまった事に気付いたんだ」
「え!?なにそれ!?もしかしてさっきの街で無くしちゃったの!?すぐに探しに行きましょう!!私も一緒に探すから!!」
「ありがとう。でも、ずっと昔の事だから……いいんだ。君の傍にいられるだけで、僕は十分幸せだから」

 そう、これは僕の罪に対する罰でもある。
 自分の思うがままに、全てを偽り続けた自分への――

「じゃあ、それと同じくらい大事な物を作ればいいわ!それが物でも、思い出でも、なんだっていいわ!二人でいれば、これからなんだって出来るわよ!!」

 リーチェはニッコリと笑って僕をギュッと抱きしめてくれた。
 彼女の温もり……優しさが伝わってくる。締め付けられていた心まで彼女に抱きしめられた様だった。
 
「そうだね、作ろうか。僕達の子供を」
「ええ!そうね……っては!!?え……そ、それってつまり…………ちょっと今すぐ湯浴みしてきまっす!!!」

 バタバタと走りまわる彼女は、自分の部屋がどこだったか分からなくなるくらい混乱しているらしい。
 僕はそんな姿を微笑ましく見つめながら、先程まで激しく襲ってきた後悔が和らいでいる事に気付いた。

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