星空ポケット
「ことわざだよ。“早起きは三文の徳”――朝早く起きると良いことがある、って意味」

「そうかなあ。私だったら寝てたいよ」

「大方そうだと思う。でも案外嘘じゃないから、やってみる価値はあると思うけど俺は」




星空の言葉の真意はわからない。ただ早起きをさせるための嘘かもしれないし、軽く聞き流せば済む話なのに、なぜか保健室に着くまで彼の言葉が頭の中から離れなかった。



校舎一階の端っこにある保健室。扉を開けたらいるはずの人が、いない。




机の上にはガラス瓶にさされた青と紫の紫陽花が飾られている。飲みかけのハーブティーはまだ湯気があるから、そのうち戻ってくるかもしれないが。一体どうしたものかと考えていると、星空はそのままソファに腰をおろす。



「まあ、待てばそのうち来るだろ。雨ひどいな」


窓の外は雨粒が激しく地面を打ちつけている。



また、痛みが強くなってきたかもしれない。


朝バタバタして、痛み止めは自分の部屋の学習机に置いたままだ。ああサイアク――どうしようもない感情が押し寄せてくる。目から涙がこぼれようとした時、彼はポケットから何かを取り出した。




毛糸でつくられた星のぬいぐるみ、それから朝焼け色の星のかけらを。




「星空叶(ほしぞらかなと)。願い事が叶いそうな名前だろ? それ、俺の手作り。あみぐるみってやつ。あげる」

「……いいの?」

「遠い昔の人も星に願いを託して生きてきたんだよって、父さんが星空見ながら言ったんだ。“大切な人の願いを叶える星”にって、願ってつけられた名前なんだって。全然問題ないよ」


そのせいか、星って言葉にしか反応しない変な癖がついたっておかしそうに笑って。



ここは保健室のはずなのに、星空の中にいるような気分だ。きっとこれからはどこにいても、星を追ってしまうんだろう。


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