もう一度会えたなら
「おかえり、美紀」

 出迎えてくれたのは、理香子の母、香代(かよ)だ。理香子は実家暮らしをしている。

「ご飯まだでしょ? すぐ温めるから待ってね」

 香代にそう言われ、美紀はソファーに腰掛けた。理香子は帰りが遅くなるらしい。
 食事する美紀の向かい側に座った香代は、お茶を啜りながら、何てことのない会話を始めた。まるで親子の会話だ。いつもの風景。美紀にとって心地よい、ほっと出来る第二の実家だった。
 会話が途切れても特に気にはしない。ぼんやりテレビを眺めていた美紀は、ふと、ママのことを思い出した。
『まほろば』のママのことだ。
 このところ平日は欠かさず店を訪れていたが、さすがに今日はそんな気にはなれなかった。明日も行けそうにない。ママや海斗が心配するだろうか。かといって、わざわざ店に電話をかけることでもないだろう。
 美紀はそんなことを考えていた。

 大希が美紀の家の前で、いつまで待っていたのかは分からない。美紀はスマホの電源を切っていた。


 翌朝、美紀はそのまま理香子の家から出社した。
 二週間程の辛抱なのだ。息の詰まるこの空間で、感情を押し殺して平静を装うのだ。仕事の引き継ぎを終えたら、殆ど使っていなかった有給を全て消化するつもりでいた。今は仕事のことだけに集中したい。
 突然のことで、瑠璃子が酷く落ち込んでいた。彼女には「親の体調が優れなくて」と当たり障りのない事情を伝えておいた。
 残りの仕事を淡々と進め、予定より少し早く最終日を迎えた。仕事を終えた美紀は、皆に丁寧に挨拶して廻った。労いの言葉をかけられ、花束を受け取り、両手一杯の荷物で会社を後にした。
 帰りの電車で、美紀は深い溜め息を吐いた。

 ――やっと終わった。

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