天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「この件に関して世莉は一切関与していない。全部俺の意思だ。幼少期からこんな家潰れたほうがいいと思ってましたよ。あなたが母を軽視するたびにね」
 優弦さんの言葉に、奥に座っていたお義母様が、静かに涙を流し始めた。
 お義母様のことを言われて初めて、旦那様は少し動揺した顔を見せた。
「父さん、あなたが退いてください。じゃないと何も変われません」
「何だとっ……」
「相良家以外のスタッフ全員から、すでに辞任の署名が集まっています」
 とどめを刺すような優弦さんの圧力に、その場にいる誰もが再び凍りつく。
 茫然としながらも、私はただひとり、過去の優弦さんの言葉ひとつひとつを、思い出していた。
――あの日のことを忘れたことは一度もない。
――世莉に殺されても仕方がないと思った。
――全て覚悟してこの結婚を受け入れた。
 じわりと、涙が浮かび上がってくる。
 相良家を陥れる。そのためだけに、たったひとりで生きてきた。
 優弦さんごと恨んで、全ての怒りをぶつけて、相良医院を潰してやろうと思って。
 でも、あの日、病院で絶望していたのは、私だけではなかったのだ。
 あなたも一緒に、この日まで、深く深く絶望の中にいたのだ……。
 恨み続けることも、許さないことも、その逆より遥かに簡単だ。
 私はきっと、旦那様のことを許せることは一生ないだろう。
 でも、私は……、少しでも前に進みたい。優弦さんと、一緒に。
「お、お前はいつからそんな親不幸ものになったんだ! やっぱりその女に何か吹き込まれたに違いない! 今すぐ離婚だ! 誰か雪島世莉を追い出せ……!」
「いいえ、私は優弦さんと一生を添いとげます」
 揺るぎない声で、私は即答した。
 室内に何度目かの沈黙が流れたけれど、そのまますくっと立ち上がり、まっすぐ旦那様と向き合う。
 目の前の旦那様は、いつもの威厳を失い、すっかり疲れきった顔をしている。
 私はこんな人への怒りのために、何年もの時間を捨ててしまっていたのか……。
「引きずられても押し出されても、ここを出ません。夫である優弦さんの隣にいます」
「な、何を言って……オメガごときが」
「私の名前はオメガではありません」
 突然低い声を出した私に、旦那様は思い切り動揺していた。
 そんな反応を見て、さらに気持ちが氷点下になっていったけれど、私はどうにか気持ちを立て直す。
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