天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 ドクンドクンドクン、と心臓が激しく鼓動している。
 こんなことになってしまって、お義母様は今どんな心境なのだろう。
 旦那様があんな風に言われて、さすがに黙っていられるはずがない。
 緊張しながらお義母様の顔を見つめていると、ふっと優しく手を取られた。
「ありがとう、世莉さん……」
「え……」
「梅さんの教え……、私も深く胸に刻み、向き合います」
 予想外の言葉に、胸が熱くなっていく。
 お義母様はとても優しい目をしていて、涙を瞳でうるませていた。
 こんな優しい言葉をかけてくれているけれど、内心では複雑な感情でいっぱいのはずだ。
 それなのに……、お義母様は私の両手を包み込んで離さない。
「優弦。これからのこと、しっかり時間を取って話し合いましょう」
「結論を出す期間を決めましょう。こっちは弁護士挟んでもらっても結構ですから」
「分かりました。いずれにせよ、私が責任を持って、話し合いの場を設けます」
 ひどく業務的な態度の優弦さんに、お義母様は同じくらい淡々と言葉を返している。
 まるで、こんな日がいつか来ると、すでに覚悟していたかのようだ。
「優弦さん、私……」
 何を言ったらいいのか分かっていないまま、私は優弦さんの名を呼んでしまった。
 すると、彼は私の頭をそっと撫でて、「ありがとう、世莉」と呟いたのだ。
 お義母様と同じように、優しい笑みで。
 これで何もかもが終わったわけではない。
 だけど……、確実に相良家に亀裂を入れることはできた。
 この亀裂が、いい意味で相良家を変えていってくれることを……私は願いたい。
「私、一生優弦さんのそばにいますから……」
 それだけを伝えて、私は流れる涙をそのままに、優弦さんの胸に頭を預けたのだった。

 行燈が、柔らかい光で暗闇を照らしている。
 優弦さんの大きな手で恋人繋ぎをされたまま、私は今、彼と向かい合うように座って、鎖骨付近にキスをされている。
 チュッというリップ音が聞こえるたびに、羞恥心で体が熱くなっていく。
 止まったはずの涙がまた溢れ出てきて、私は気づかれないように彼の肩に顔をうずめる。
「もう、何があっても、そばにいます……」
 夫に対する甘い言葉ではなく、これは、決意の言葉だ。
 優弦さんはキスを止めて、代わりにぎゅっと強く抱きしめてきた。
「俺が医者じゃなくなってしまっても?」
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