天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 優弦さんは別に院長を目指していたわけではないので、複雑な気持ちはあるだろうけれど……、間違いなく相良医院を立て直す大きな一歩になったと思う。
「院長になったら、もっと忙しくなってしまいますね」
 苦笑交じりにそう言うと、優弦さんは優しく目を細めた。
「大丈夫。世莉をかまう時間は絶対削らないよ」
「そ、そういうことを心配しているんじゃないです……!」
 慌てて否定するも、優弦さんは私の顔を覗き込みながら「そう? 残念」と妖艶に笑う。
 まったく、この人は……いったいどこまで私の心をかき乱せば済むのだろう。
「色々あったけど……、ここからまたスタートだ」
「そうですね……。いちから始める気持ちですね」
「俺と一生を添いとげますって、父親の前で宣言した世莉、かっこよかったな」
「わ、忘れてください……」
 恥ずかしい。正直あのときは、頭に血が昇りすぎていてよく覚えていない。
 ただ、優弦さんの味方でいることに必死で。
 羞恥心に襲われ思わず俯くと、優しく腰に手を回されて、体をぴったりと密着させられた。
「世莉の前だけは、力を抜いてもいいかと思えるな……」
 優弦さんはそのままこてんと私の肩に頭を預けて、珍しく甘えている。
 やはり、相当疲れていたんだろう。
 彼にこんな風に甘えられることなんて初めてだったので、私は慣れない手つきで優弦さんの頭を撫でた。
「世莉といると、刺激も受けるし、癒される」
「そ、その感情って、両立するんですか……?」
「するよ。世莉といると、毎日が愛おしくなる」
 優弦さんはそっと体を起こして、突然私に向き合うように座った。
 ひらひらと桜の花びらが優弦さんの膝の上に落ちてきたので、それを拾おうとすると、そのまま手をぎゅっと掴まれた。
「子を作ろう。世莉」
「え……」
「引っ越しが落ち着いたら、君の子が欲しい」
 真剣な眼差しで唐突に宣言された私は、今相当間抜けな顔をしていると思う。
 でも、優弦さんは至って真面目な様子で、私の回答をじっと待っている。
 優弦さんと子供を……?
 私がこの家に嫁いだ理由は、子孫を残すこと。ただそれだけだった。
 でも今は……。
「遺伝子など関係なく、俺は世莉の子が欲しいと思ってるよ」
「ゆ、優弦さん……」
「世莉の意見も聞かせて」
 優しい声音で言われて、私はぎゅっと自分の胸あたりの服を掴んだ。
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