天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
 バース性は個人情報として厳重に扱われる風潮になり、家族間でしか知らないものになりましたね。
 お義父様もどうか、オメガもアルファも関係ない世界を、一緒に望んでくださいませんか。
 いつかまた顔を合わせられる日を、私たちはずっとずっと待っています。

 この世に、生まれ持って特別な人間はいません。でも、誰かにとっての特別になることはできます。
 お義父様にとってのお義母様も、きっとそうなのでしょう。
 文乃にとっても、お義父様はたったひとりの〝おじいちゃん〟で、特別な存在です。
 
 夏には三人で軽井沢の別荘に行きます。
 よかったら、お義母様と一緒に、遊びに来てください。
 いつでもお待ちしております。

 敬具

 四月十二日 
 雪島世莉     】

「これでよしっと……」
 誰もいないリビングルーム。桜の花びらのシールで封をして、私は満足げに手紙を掲げた。
 今は朝の五時で、三歳になった娘が起きるまでが私の自由時間だ。
 このあとお散歩に行くときにでも、ポストに投函しておこう。
 そう思ってダイニングチェアから立ち上がると、ひょいと後ろからその手紙を誰かに奪われてしまった。
「全く、君はどこまでお人好しなんだ……」
「あっ、優弦さん……!」
 寝間着の浴衣姿の優弦さんが、私の手紙をまじまじと眺めて、眉をハの字にしている。
 まさかこんな朝早くに起きてくるとは思わなかったので油断していた。
 優弦さんにバレることなくひっそり投函しようと思っていたのに……。
「いいんです。これは私の自己満足ですから、優弦さんには関係ありません」
「関係大ありだよ。そんなに人に優しさを分け与えて、世莉が壊れないか俺は不安だ」
「ちょ、優弦さん。文乃が起きたら……」
 ぎゅっと後ろから優しく抱きしめられて、頬にキスをされた。
 この家に引っ越してから数年経ち、父親になった優弦さんだけれど、愛情表現は減るどころか日々増している。
 院長としての仕事はようやく落ち着いたようで、今日は久々に一緒に休みを取ることができた。私も変わらず和裁士としての仕事を続けているけれど、正直今はかなり子育てに奮闘中だ。
 わんぱくな文乃をひとりで散歩させるのは至難の業で、今日は優弦さんが一緒だからありがたい。
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