天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
「珍しいな、世莉から甘えてくるなんて」
「ふふ、何となくです」
 何となく……、美しい景色を眺めていたら、優弦さんの体温に触れたくなった。
 優弦さんに視線を向けると、さっきまで大はしゃぎしていた文乃が、優弦さんに抱っこされただけでうとうとし始めていて思わず笑ってしまった。
「三秒前まで起きていたのに……」
「朝早かったからな」
「このまま起こさないようにもう帰りましょうか?」
 そう提案すると、優弦さんはぎゅっと私の手を握りしめて、じっと私を優しい瞳で見つめてきた。
「……この清流を見ると、世莉が初めて家に来てくれた日のことを思いだすよ」
「え……?」
「とても美しい観世水の柄の着物を着ていた。本当に似合っていたから、つい見惚れた」
 おばあちゃまが作ってくれた着物のことを、覚えていてくれたんだ……。
 嬉しくて、胸がきゅっと苦しくなる。
 あの日、私達はとても複雑な気持ちで出会って、お互いを運命の相手だと自覚した。
 あの時は、運命なんて信じたくなくて必死だったけど……。
「変わりながら新しいことを楽しめるといいな。こんな風に幾度も形を変えて、流れるように……」
 優弦さんはふと川に視線を移して、ぽつりと呟く。
 その言葉を聞いて、私はおばあちゃまに再三言われていたことを思い出した。
――世莉。時代というのはね、変わり続けていくものだから、自分も変わらなくてはならない。
――信念を持ちながら、新しいものに歩み寄って、水のように柔らかい人間になりなさい。
――新しい未来を受け入れることは、楽しいですよ。
 ……まずい。泣いてしまう。
 大好きなおばあちゃまと同じことを、今、最愛の人が言ってくれた。
 それだけで、今まで起きた途方もない量の悲しみが、報われた気がしたのだ。
 新しい未来を受け入れて受け入れて、今ここまできた。
 正直、運命の相手かどうかなんて、人生が終わってからじゃなきゃ分からないだろう。
 だけど、私は、最終的にどんな人生になろうと、この人を選んでよかったと思える。そう確信している。
「愛してるよ、世莉」
「な……」
 計ったようなタイミングでそんなことを言われ、言葉に詰まった。
 愛してる。もう何度優弦さんに伝えてもらったか分からない。
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