全部欲しいのはワガママですか?~恋も仕事も結婚も~
 スラリとした体形、センスのいいスーツとほのかに香る香水。
 四十三歳とは思えないほど駿二郎は若々しく、隣に並ぶと惚れ惚れする。


「今日は珍しいネクタイしてるのね」

「ああ。……変か?」

「素敵です」


 駿二郎は派手なネクタイは好まない。
 なのに今日はボルドーとネイビーのレジメンタルストライプ柄のものを締めていた。

 これはおそらく奥さんの趣味なのだろう。
 どこかのお店で夫のためにネクタイを選び、会社にしていってねとプレゼントしたに違いない。
 彼はカッコいいし、どんなものでも似合うからいいけれど。


「郁海、今夜空いてる? 会わないか?」

「……わかった」


 駿二郎から突然デートのお誘いが来た。
 そうなるとあまり残業をしないように仕事の段取りを変えなくてはならないかも……などと考えていると、彼の左手が私の髪をもてあそんでいることに気がついた。


「じゃあ、いつものバーで。楽しみだ」


 不意に視線が合った瞬間、彼が顔を近づけてきて私の頬にふわりとキスを落とす。

 いくらふたりきりだといってもキスはまずいでしょと驚いていると、ポンッという到着を告げる音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。
 駿二郎はなにごともなかったかのように、こちらには一切振り返らず足早に歩いていく。五秒前とはまるで別人だ。

 ほら、こういうところがずるい。
 彼はいとも簡単に私をドキドキさせるのだから。

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