全部欲しいのはワガママですか?~恋も仕事も結婚も~
「実は昨日、会ってたんです。ホテルにいるときに奥さんから連絡が入って、お子さんが熱を出したって……。さすがに奥さんに悪くて」

「そっか……。熱を出したことと郁海は直接的な関係はないとはいえ、罪悪感を抱いちゃうよね」

「私と会っていなければ早く家に帰れていたのにって思うと、心が痛いです」


 昨夜みたいな出来事は初めてで、不測の事態だったと言える。
 だけど、彼は奥さんと子どもになにかあれば、ふたりを守らなくてはいけない。
 そういうときに私は置き去りにされても仕方ない存在なのだと、痛感してしまったのだ。
 昨夜の彼はそうせず、私に気を使って謝っていたけれど、複雑な心境だった。


「郁海はさ、不倫には向いてないんだよ。やさしすぎるから」


 もっと図太くて、ウジウジ悩まずに割り切れる性格のほうが、不倫には向いているのだろう。
 あいにく私は逆で、いろいろと考えてしまうタイプだ。


「あのさ……さっきうちの部署の人間が話してたって言ったじゃない? これは郁海が知ってるかどうかわからないんだけど……」


 まるで奥歯に物が挟まったように、由華さんが言いにくそうに言葉を選んでいる。
 いったいどうしたというのだろう?


「私なら大丈夫です。なんでも言ってください」

「……うん」


 なにを聞いたとしても、由華さんのせいではないのはたしかだ。
 彼女をじっと見つめて待っていると、由華さんが意を決したように私と視線を合わせた。

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