全部欲しいのはワガママですか?~恋も仕事も結婚も~
***

「郁海、えらい! 本当によく決断した!」

「由華さん、声が大きいですって」


 三日が経ち、由華さんとメッセージのやり取りを交わす中で駿二郎と別れたことを報告した。
 すると、私が落ち込んでいると察した由華さんが飲みに誘ってくれて、今は女ふたりで談笑中だ。

 由華さんはなぜかお酒が進んでいて、すでにほろ酔いの域を超えつつある。顔が赤い上、ろれつがあやしい。
 今日は庶民的な大衆居酒屋に来たので、少しくらい声が大きくても気にはならないのだけれど。


「あの男とは別れて正解! マジで!」

「わかりましたから」


 どこで誰が聞いているかわからないので、いつもみたいに個人名は絶対に出さないように最初にお願いしておいた。
 彼女は酔い始めていてもそこは律儀に守っていて、駿二郎の呼称は“あの男”に限定されている。


「郁海、泣いてもいいんだよ?」

「泣きませんよ。最初から、ハッピーエンドはありえないってわかっていた恋だったので。でも……好きだったんですよねぇ」


 今も脳裏に浮かぶのは、駿二郎の少し垂れたやさしい瞳だ。
「よくがんばっているな」「郁海はいい女だ」と、部下としても女性としても、私の承認欲求を満たしてくれていた存在がいなくなってしまった。

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