恋を知らない亡国の姫君は敵国の(大っ嫌いな)王太子に溺愛される。


 セリナが一晩懸命に考えた結果は単純だった。

 ――さっぱりわからないわ。

 時刻は十時少し前。十時に時計塔の鐘が鳴り、婚約式が始まるという。

 開会の直前、それでもセリナ=カルミアは礼拝堂の大扉の前で待機していた。共に待つのは三人。セリナと執事のジェイド。そして騎士シオン=ルイスだ。肝心の婚約者は、式の直前に用を足しに行っているらしい。彼の近侍からそれを聞いた時は呆れたものだが……仕方ないだろう。誰も王子の粗相は望んでいない。

 セリナは重々しい雰囲気の中、大きく息を吐いた。それは|補正下着(コルセット)が苦しいからではない。外にいてもわかる。中に大勢の人がいるだけで、二回行う羽目になった予行の時とは空気がたいぶ異なるから。人前が苦手なわけではないが、どうしても顔が強張る。

 それでも今日も空は青かった。昨日と違うのは、雲が一つもないということ。そして自分の服装が肩を出した薄着だということ。だから運動時に心地良い風だとしても、ドレスを着た今だと少し肌寒い。

「くちゅっ」

 小さくくしゃみをするセリナに、すかさず肩掛けを差し出してきたのは――隣に立つ執事ではなかった。

「セリナ様、こちらを」
「ありが……」

 藍色の髪を束ねた騎士が、礼を告げたセリナに一礼する。細身の騎士もまた普段よりも少し綺羅びやかな鎧を身に纏っていた。彼の主の婚約式だ。ならば近侍である彼が正装するのも必然なのだが……セリナは違和感を覚える。彼から花のいい香りがしたからだ。

「あんた……何者?」

 目を細めたセリナが問うと、その騎士はニヤリと口角を上げる。

「よく気付いたな。さすが【ドラりん】」

 口よりも先に手が出た。腰の大きなリボンに忍ばせておいたナイフを取り出し騎士の顔に突き出しと、彼は慣れた様子で躱す。

「おっと。相変わらず俺を殺そうとしてるのか?」
「昨日武器なしで痛い目見たから護身にと思ったんだけど……またあんたを殺したくなるとは思わなかったわ」
「ドラりん可愛いと思うんだけどなぁ……」

 そうぼやく騎士の姿が蜃気楼のように変わる。花の匂いが立ち込める中に現れるのは、見覚えのある王子の姿だった。予行の時に見た煌びやかな衣装。その胸元には大薔薇のコサージュが着いている。だけどセリナには、彼の勝ち気な瞳が衣装の宝石よりも輝いて見えた。

 ロック=サンビタリアはコサージュを見せびらかしながら、不敵に笑う。

「まあ、ネタバレは回収した【|隠さぬ薔薇(フェイクローズ)】なんだが……けど嬉しいねぇ。俺がドラりん言わなきゃ殺す気なかったんだろ?」
「……一応、正式な婚約者になるわけだし」

 唇を尖らせたセリナが顔を背けた時だった。

「ロック様、お戯れに満足されましたか?」

 角から現れるのは、先程までロックが化けていた騎士だ。怒りを露わにしている男装騎士の姿を見て、セリナは思わず奥歯を噛み締めた。化粧で隠そうとしているようだが、藍色の瞳のまわりが腫れている。

 そんな視線に気付いてから、シオン=ルイスが仏頂面でセリナの方を向く。

「おかげさまで、今後もロック様の近侍として職務を全うさせていただくことになりました」
「そう」
「諸々の謝罪や報告は、落ち着いてからということになりました。これも一重に、セリナ様の寛大なご配慮のおかげでございます」
「……まあ、困ったことがあれば、わたしに出来ることは何でもするわ。最悪、お父様に口利きを頼んでもいいし」 

 勇者カルサスはルイス家とも懇意にしている。これ以上ない仲介者だと思って言ったのだが、シオンの表情は険しくなった。

 ――なぜ⁉︎

 それでも、彼女は頭を下げる。

「この度は、ご婚約おめでとうございます」
「あ、ありがとう……」

 この返答で正しいのかわからない。それでも反射的にセリナが答えると、シオンはギロッと視線を彼女の主へ向けた。

「しかしロック様、相変わらず何を考えてらっしゃるんですか! 本番まであと五分もないんですよ! あなたは婚約式を何だと思っていらっしゃるんですか⁉」
「えー。でもシオンだって納得したから隠れてくれたんだろ?」
「納得していません! ほんの僅か席を外した隙に昨日回収したそれを使っていたのはあなたでしょう! 下手に騒ぎになったら婚約式どころじゃなくなると僕がどれだけヒヤヒヤ……てか国王に返してなかったんですか⁉︎」
「もういっそこのまま俺が借りたの忘れてたってことで持っとくのもありかなぁ、と」
「無しに決まってるでしょう‼︎ 嫌がらせですか、僕への嫌がらせですよねぇ⁉︎」
「そんなわけないだろ⁉ 俺はただ緊張しているだろう婚約者を和ませようと」
「いっそ嫌がらせしてくださいよ! 僕の立つ瀬がないじゃないですか!」
「それを俺に言われても困るっ!」

 ――相変わらず仲が良いわね……。

 昨日の今日だ。気まずい様子の一つや二つ覚悟していたセリナだが、変わらずの二人の応酬を呆然と眺めるほかない。彼女もまた一人称を「僕」としているくらいだ。きっとこのまま男装騎士として貫くのだろう。 

 小さく肩を下ろしたセリナに、今までだんまりを決めていた執事は言う。

「それだけお二人が大人ということですよ。姫様よりも、ね」
「……中に客が大勢いる会場前で騒いでいるやつらが?」

 ジト目で正論を告げるセリナに、クツクツ笑ったジェイドは耳打ちする。

「それより、姫様のお気持ちは固まったんですか?」
「気持ち?」
「ロック王子へのお気持ちです」

 その言葉に、セリナの片眉がピクッと動く。しかしそれで止まる執事の口ではない。

「息巻いてらしたじゃないですか。『わたしの感情を左右するなんて!』と。お嫌いな道具はなくなりましたよ? それで、姫様の素直なお気持ちは?」

 ――こいつの前で文句言ったっけ?

 確かロックの前でそんなことを言った気がするが……それを問題視する必要はないだろう。なんたって相手は魔王――いや、ジェイドなのだから。

 グローブの下には、昨日ジェイドに噛まれた傷痕が赤く残っている。それこそ永遠を約束する指輪のように。

 ジェイドが(ささや)く。

「いいんですよ? 考えた結果『ジェイドが一番好き♡』と今ここで宣言しても」
「馬鹿言わないでちょうだい」

 嘆息混じりの返答に、ジェイドが「私はいつも大真面目ですのに」と泣き真似する。
 そんないつも通りの執事に気が抜けて、セリナも思わず本音を吐露した。

「……わからないのよ」

 一拍置いてから答えるセリナに、ジェイドの口角がニヤリと上がる。

「おや、お逃げになるんですか?」
「違うわよ! 一晩考えてもわからなかったの!」

 逃げるなんて言語道断。思わずセリナはジェイドに指を突きつけ、声を荒げた。それにロックとシオンの視線もこちらに向く。それに恥ずかしさを感じるも、誤魔化すのも名折れだ。

 ――堂々と宣戦布告してやろうじゃない!

「だから時間をかけて見極めてやるわ。どうせこの婚約を破棄してもカルミアに良い事なんて一個もないんだし。だから、こっちがこの状況を利用してやるの。ずっとロックに張り付いてわたしに相応しい男かどうか見極めて、少しでもカルミアに害を為そうとするなら……」

 啖呵を切っていたセリナの口が止まる。そしておずおずと指先をロックへ動かした。セリナは何が起こったのかまるで理解ができない。

 ロックが口元を押さえ、真っ赤な顔で涙を流していたからだ。

「……は? あんた、どうしたの?」
「初めて名前呼んでもらえた……」
「え、そうだっけ?」

 言われてみれば、嫌味や誤魔化すために「ロック王子」と言うことはあれど、普通に名前を呼び捨てることは初めてかもしれない。

 ――でもそんなことで?

 セリナが目を丸くすると、涙を拭いながらロックが笑う。

「あぁ……こんなにも嬉しいもんなんだな」

 そう呟く彼は、自身の胸元を握っていた。彼が宝物と言っていたものは、もう彼の首にかけられていない。

 それなのに、彼はとても嬉しそうに破顔する。目に涙を浮かべて、これでもかというほど甘い笑みをセリナへ向けてくる。そしてセリナの手を握った。

「約束する。俺が必ずセリナのこと幸せにするから」
「い、いや。自分で幸せになるから結構です!」

 セリナは慌てて振り払う。

 恋すら知らない自分には、彼の考えていることなんかわからない。好きな人から愛されない呪いを受けていた人の気持ちなんて。それが解けて、名前を呼ばれただけで涙する男の気持ちなんてわからない。わかりたくない。

 だって身体中が、これでもかと熱くなるから。
 人に見せられない顔をしている自覚はあるから。

「お二人とも、やっぱり五十歩百歩ですね」

 それを見届けるのは、鼻で笑う執事と視線を落とす騎士。

 時計塔の鐘が鳴る。
 これから元カルミア皇国の皇女セリナ=カルミアは、ロック=サンビタリア第二王子の正式な婚約者となる。

                              《完》 
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