密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
「まだひとりで作って食べる元気がなかったんですね」

声を押し殺して泣く私に、君塚先生が優しい声で言った。

「千代さんは心臓発作で急なお別れでしたし、春香さんの心が元気を取り戻せないのは当然です」
「いえ、祖母はもしものときのために、いろいろと準備してくれてました。私はそれにちゃんと向き合わなかったんです」

話しながら、肩が震えた。

物置や箪笥の中のものは年々整理され少なくなっていたし、お墓の管理とかお寺との付き合い方とか、祖母はやがて訪れるいつかを見据え、私が困らないために教えてくれていた。
お葬式の費用だって、祖母が積み立てていたというのに。

でも私はひとりになるのが怖くて、先のことを考えないようにしていたんだ。

両親を事故で亡くしたときも怖かった。
無償の温かさを与えてくれる人を同時にふたりも失ったのは、まるで心を削ぎ落とされたかのような喪失感だった。

祖父母や、石橋仕出し店にお弁当を買いに来てくれる常連さんたちが優しく接して、いつも見守ってくれたからなんとか生きてこれたけれど。

その温かさはもう、いくら欲しても手に入らない。

「辛かったですね」

君塚先生が注いでくれたビールを飲み込むと、頭の上がぽうっと温かくなった。
うなだれる私の頭を、いつの間にかそばにいた君塚先生がポンポンとなでている。

「また食べたくなったら、一緒に唐揚げを作りましょう。ひとりで食べるより美味しい」

慰められて、胸の奥が掴まれたように苦しい。優しい言葉に泣けてくる。

「いえ、大丈夫です。君塚先生に甘えるわけにはいきませんから」

だって私はこれからは天涯孤独、ひとりでなんでもやらなきゃならないのだ。

「すみません、泣いてしまって」

感傷的になって恥ずかしい。

唇をキュッと噛みしめ、ビールグラスをグイッと呷る。なんとか笑顔を取り繕ってもう一度唐揚げを食べようとしたとき。
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