密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
「春香さん、食べてみてください」
「はい、いただきます」

私は大きめの唐揚げに一口かぶりついた。
衣はザクッと、中はジューシーでやわらかい。生姜と出汁がよくきいた、懐かしい味が口いっぱいに広がる。

「美味しいです、祖母の味です……」

味覚が私を過去へといざなう。

夜ごはんなにが食べたい?と聞かれ、私は大抵唐揚げ!と答えた。
お店でたくさん唐揚げを作った祖母はきっと辟易しているだろうに、私にも揚げたてを食べさせたいと家でも喜んで作ってくれたっけ。

目尻にシワをたくさん刻んだ祖母の笑顔が目に浮かぶ。
いつも清潔で真っ白な割烹着が、炊きたてのご飯みたいなすごくいい香りがして、ギュッと抱きつくのが大好きだった。

全部が大好きで、全部が優しい思い出ばかり。
けれどももう二度と、あの木漏れ日のような温かい日々は戻ってこない。

「あの、私、君塚先生に嘘をついていました。謝らなきゃ……」

涙声の私はビールを一気飲みして、取り皿に箸を置いた。

「私、祖母の唐揚げはもう食べられないんだって君塚先生が言ったとき、意地悪しました。ごめんなさい」

ぺこりと頭を下げると、ブラウスに涙が落ちる。

「本当は私、この唐揚げのレシピ知ってました。白だしを使うって。でも、祖母との思い出のレシピを簡単に口外するのが嫌で、知らないふりをしました。すみません……」

声がフェードアウトしていく。
まともに顔が見られないけれど、君塚先生は怒るでもなく、真面目な顔つきで私の話を聞いているようだった。

「だから君塚先生にこんなふうにご迷惑をかけなくても、自分で作ればいつでも食べれたんです。けど、どうしても作れなくて……」

いつからまともにご飯を食べていないのか思い出せない。

レシピを知っていても作ったって、ひとりで食べるんじゃ寂しいし、祖母の唐揚げが食べたい、また会いたい……そう思うに決まってる。

だから悲しくて。
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