密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
視線を集めているのは私ではなく透真さんだ。
息を呑むほど整った美しい容姿、モデルさながらのプロポーション。
仕事モードの日より心ばかり緩くセットされた髪の毛、白シャツにグレーのパンツというシンプルな休日スタイルなのに、人目を引きつけて止まない華がある。

ごく平凡な私とは釣り合わないよね。きっと本物の夫婦には到底見えないだろうな……。

値踏みされているのではないかと気になって脇見をしていると、小石に爪先が躓いた。バランスを崩し、隣を歩く透真さんに肩がぶつかる。

「す、すみません!」
「いや、平気? 混む時間帯なんだな」

周りを見渡し、透真さんは私の肩を抱き寄せた。
窮屈に体が密着して、頬が紅潮していくのを感じる。
ちらりと真横にいる透真さんを見上げると、真っ直ぐに前を見据える凛々しい横顔に目を奪われた。

『弁護士である前に、ひとりの男としてきみに触れたい』

あの夜を思い出して心臓が早鐘を打つ。

湿った肌の温度とか、色情がこもった熱い眼差し、私を呼ぶ張り詰めた声なんかがつぶさに蘇ってきて、赤面してしまう。

なるべく思い出さないようにしないと、これから三ヶ月身がもたないな……。

ロボットみたいなぎこちない動きで八百屋、魚屋と続けて訪れ、それぞれ店主と顔見知りのため少し立ち話をしてオマケをもらったりしつつ、なんとか買い物を終える。

そして、駒津屋(こまつや)という酒屋の前を通りかかったときだった。

「春香ちゃん!」

駒津屋のおじちゃんが店先から走り寄ってきた。彼は祖父母と特に仲がよく、私のことも子どもの頃からかわいがってくれていた。

駒津屋はちょうど駅から石橋仕出し店までの間に位置するので、これまでにも帰宅時に会う機会がたびたびあった。

「おじちゃん、お久しぶりです」
「ひとりで大変だったなあ、千代さんのこと」
「無事四十九日の法要も済みました。その節はいろいろとありがとうございました」
「いやいや、これからもなにかあったら声かけてくれ。で、そちらは……?」

駒津屋のおじちゃんはギョロリと目を見開き、私の隣に目線を移す。
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