密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
一歩前に身を乗り出し、息急く私とは対照的に、奥さんは淡々としている。

「不貞行為はなくても慰謝料請求できるんですよ。それに、こちらには証拠があります」
「しょ、証拠⁉」

なにかの間違いだ。そんな事実はないんだもの。
本人の私が一番よくわかっている。

それなのに奥さんは揺るぎない確信でもあるのか、まったく動じずむしろ泰然としていた。

「ご結婚された旦那様って、弁護士さんなんですね。主人のカバンから名刺が出てきました」
「え……」
「ご自分がいつも仕事で扱っているような案件を妻が起こしてしまっただなんて、同業者の方はどう思われるでしょうね」

奥さんは薄ら笑いを浮かべ、私を怯ませる。

「主人は、今回ばかりじゃないんです。そのときは子どもが生まれたばかりだったので泣き寝入りしましたけど、今回は闘います」

甲高く罵声を浴びせられるのではなく、鈍い怒りが沈殿した雰囲気に、私は完全に萎縮した。

「あなたは無自覚かもしれませんが、あなたのせいで子どもが傷ついてるんです。まだ五歳ですけど、パパとママの間になにがあったのか、空気を読んでわかっているんですよ」

すぐにでも反論し、真実を伝えてわかってもらいたいけれど、苦しいほどに喉が詰まって声にならない。

「子どもが悲しんでいるのに、なにもせずにはいられません。不倫をなかったことにしたままだと、私たちは前に進めませんから」

言い終えた奥さんはベンチから立ち上がると、呆然と立ち尽くす私を見て鬱陶しげに目をすがめた。

相手の有無を言わさない態度に気圧されて、なにも言い返せなかった……。
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