だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

491.ずっと一緒に歩めると思っていた2

「……私は、全てが許せないのだ。アーシャが何をした? アーシャはただ懸命に皇后を務め、思い描いた平穏と幸福に満ちた未来の為に日々を費やしていただけだろう」

 エリドルの口からアーシャの話が出た事に驚愕し、体が固まってしまう。

「どれ程クソ貴族共から馬鹿にされようが、他国の塵芥(ゴミ)共から下に見られようが、決して武力で解決せず己の力で全ての逆境を乗り越えようとした。アーシャは誰よりも聡く、そして強い女性(おんな)だった」

 いつになく柔らかくなった彼の表情を見て、心臓が摘まれたように痛む。
 その直後。一気に彼の表情は曇り、雨雲を稲光が走るように、青筋がエリドルの顔を横断する。

「輝かしい未来を祝福されて当然だというのに、どうしてアーシャは死んだんだ? たったの二十六だぞ? 何十年経とうが、どれ程老いようが、三人で共に園芸を続けようと約束したのに! 俺とずっと一緒にいると約束したのに!!」

 震える拳でダンッ! と執務机を叩き、彼は叫ぶ。その拍子に書類が地面に散らばったが、今の(わたし)達にはそれを気にする余裕はなかった。

「どうして……っ、俺達(・・)のようなろくでもない人間ではなく、善良そのものであったアーシャが死ななければならなかったんだ!?」
「──ッ!!」

 彼には話していない事があった。それは、絶対に話してはならないと思ったから。
 だって()ですらその事実に気づいた時は吐く程辛かったのだ。アーシャの死で精神面が不安定になっていたエリドルに、話せる筈がなかった。
 ……──アーシャは君に愛された(・・・・・・)から死んだ(・・・・・)、なんて言える訳がなかった。
 氷の血筋(フォーロイト)に見初められたから彼女は死んだ。他でもない僕達(・・)が────アーシャを殺したのだ。

「なあ、ケイリオル。教えてくれ……この怒りは、虚しさは、一体どこに向ければいいんだ? 何が原因なのかも分からず、何の対策も立てれず、むざむざとあいつを死なせたこの後悔を! 俺はっ──どうすればよかったんだ……?」

 今にも泣き出してしまいそうな、弱々しく震える声。
 怒りや後悔をどこに向ければいいか分からず、その結果……一番アーシャの生死に関わったアミレスに、それを向けざるを得なかった。
 何も知らない彼には、それしか選択肢がなかったのだろう。
 でも、だからって──アミレスが死んでもいい理由にはならない。

「……そんなの、僕だって聞きたいよ。僕だって本当はずっと辛かった! あの時だって君と同じぐらい辛くて、苦しくて、悲しくて……っ! それでも彼女の生きた証だったから! アーシャに託されたものだったから! だから僕はアミレスを────!!」

 彼女の名前を口にした瞬間。机を挟んでエリドルが胸ぐらを掴んできては、こちらを強く睨んだ。

「ケイリオル……! お前はまた、あの女を庇うのか!! 何度言えば分かるんだ、あの女はアーシャを殺したのだぞ!?」
「何度言っても分からないのはそっちでしょ、エリドルのわからず屋! アミレスを殺しちゃ駄目なんだよ! そもそもっ、アーシャの死とアミレスは無関係だ!!」
「ッ何度も何度も俺の前で忌々しい名を呼ぶな!!」
「アーシャが一生懸命考えたあの子の名前が忌々しいわけないだろ!」

 負けじとこちらもエリドルの胸ぐらを掴み、売り言葉に買い言葉で叫んでしまう。
 本当に、この辺りに人気(ひとけ)がなくてよかった。こんな喧嘩を聞かれてしまっては、聞いた者はすべて口封じする必要があっただろうから。

「〜〜っもういい! ちゃんと許可を貰ってから行こうと思っていたけど、わからず屋の君から許可を取るなんて、そんなのすっごく面倒だ」

 彼の手を振り払い、距離を取る。
 その時エリドルは──唇と瞳孔を僅かに震えさせ、動揺していた。

「ま──ッ、待て! どこに……っ、どこに行くつもりなんだ!」
「言ったでしょ、最初から徹底的に滅ぼしておけばよかったって。いつも通り、君の尻拭いをしてくるよ。さしあたって色々と借りる(・・・・・・)つもりだったんだ」

 そう言っては踵を返し、彼を一瞥する。

「──リベロリア王国に行ってくる。この先の歴史からも、世界地図からも……あの国を抹消しないと」

 その為には彼の許可が必要だったのだが、もう、やめた。彼が理性的な判断をやめて心の赴くままに判断を下すのなら、(わたし)もそれに倣うのみ。
 こっちだって好き勝手やらせてもらおう。

(あの女は──……俺から、アーシャだけでなくお前まで奪うというのか……?)

 去り際に視えた、彼の心。
 アミレスの所為ではないと何度言っても彼は全てをアミレスの所為にする。そうする事でしか彼の心を守れないのだと分かっていても、今となっては簡単に噛み砕ける事ではない。
 かと言って真実を話せば、既に擦り切れている彼の心は確実に壊れてしまう。
 もう、どうしろって言うんだ。

「……──どうして、大好きな家族を守るのってこんなに難しいのかな」

 自室に戻り、魔法薬を飲みながら呟く。ずっと変えていた髪の色が元に戻り、見慣れた色に変わった。
 顔の布を取り、クセの強い髪を調蝋(ワックス)で整えて、服を着替える。
 魔導具の鞄に多種多様な回復薬をあるだけ全部詰め込む。性能に差があるだろうが……どうせ、魔力の回復にしか使わないから問題ない。
 あとはいつも通り、完璧に演じるだけ。

「おい、宮廷魔導師はいるか」

 魔塔まで馬を走らせ、横柄な態度で扉を蹴破る。
 こんな時間に押しかけてきた(わたし)の姿を見て、魔塔の者達は顔を青くした。

「こッ────皇帝陛下(・・・・)! 本日はどうなされましたか?」
「……常日頃から魔塔に引きこもる貴様等も、リベロリアの連中が起こした騒ぎについては聞き及んでいるだろう」
「も、勿論です。では行先はリベロリア王国という事でよろしいですか?」
「ああ。慈悲を見せてやったにもかかわらず、恩を仇で返すようなふざけた真似をしてくれよったクソ共に、今度こそ完全なる粛清を行う事にした。事が済めばまた呼び出す……いつでも迎えに来れるよう準備しておけ」

 連絡用の魔水晶を渡し、魔導師による瞬間転移でリベロリア王国に転移した。

「では、自分はこれで。ご武運を」

 白い光に包まれ、魔導師が姿を消す。
 エリドルは特製の大きな長剣(ロングソード)で戦うから、得意の双剣は使わない方がいい──のだが、あれこれと細かく考えるのも面倒だ。

「どうせこれから(わたし)を見る者は全て死ぬのだから、多少演技が適当でも構わないか」

 氷の片手剣を作り、それを以て得意のスタイルとする。
 吐く息は全て白くなり、足元はみるみるうちに凍てついていく。
 ここ数十年眼と頭の冷却以外には滅多に使用してこなかったこの魔力(・・・・)。散々溜め込んでいたんだ、街一つ飲み込むぐらいの事は出来るだろう。
 エリドルが血の海を作ったのなら、僕は氷河でも作ろうか。もう二度と人間が生きられない極寒の地へと変えてしまおう。
 さすれば、リベロリア王国の人間は死に絶えるだろうから。

 ……──たとえ、訣別する事になっても構わない。僕はこの選択を、後悔しないだろう。

「さて……それじゃあ、全て殺してしまおうか」

 僕の家族を傷つけたんだ。
 絶対に、許してなるものか。
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